無限ワンアップ・改

さゆゆのメモ箱

8/14

実家の猫が死んでしまった。こっちに着いたのは今朝で、あんまり調子はよくなかったみたいなんだけど昨日はペースト状のごはん買ってきたらちょっと食欲取り戻してて、でも今朝は何も飲まず食わずでぐったりしていた。たまに起き上がって歩こうとしても後ろ足がふらついて、すぐにまたゴロンと横になってしまう。いつもは爪を切ろうとして足を触ったらすぐに嫌がるのに、それもなすがまま。スポイトを買ってきて水を飲ませたりしてたけど、22時頃、母ちゃんが「もう息するのもつらそう」というので覗き込んだらケホケホと咳き込みはじめた。黒い液体を吐いてた。もう口も半開きになって、目はたぶん見えてなかった。それでだんだん息が止まった。もうだめなんだと思って「ちろヤダよ」って私が泣き出したら、母ちゃんが「ようがんばったやん、ちろ、もう次に生まれてくるがも決まっとるからね、神様とこ行くがやね」って体を撫でてあげた。目が開きっぱなしだったから、無理やり閉じてやった。いつも撫でてあげたときの「気持ちいい〜」の顔にしてやった。

結果的に父ちゃん、母ちゃん、私の3人で看取った。ちろは、私が帰省してくるのを待っててくれたんだと思う。しかも夜の、家に人がいる時間帯に逝ってしまうとは、偉いよ。いろんな部分で乱暴者で、いつも困らされていたけど最後は本当にお利口さんだったよ。本当にすごいタイミングで力尽きたと思う。

ちろは、11歳のときに里親探しのイベントで連れてきた。初対面のときは、「え〜、シマシマ模様とかないじゃん、つまんない」と思っていたけど今では白猫だけじゃなく白い犬もシロクマも、白い動物みんな大好きになった。ちろのおかげだ。小5から今の私になるまで、大学進学のタイミングで実家を離れはしたけど、若者の私のそばにはいつもちろがいた。SNSやブログによく写真を載せるもんだから、ちろに実際に会ったことがない友達までちろのことを覚えて、話題にしてくれた。実家を離れてからも、実家に帰ればいつもちろがいた。正直、心のどこかで、ちろはまだまだ生きると思っていた。15年も一緒にいた家族がひとりいなくなってしまった。ひとしきり泣いたけど、ちろ関係の物の整理とかしてく中でまだまだ泣くんだと思う。

 

時の流れは東京にも富山にも平等だ。去年から、じいちゃんは寝たきりになってしまった。あんなに畑仕事を元気にこなしていたのに。私が帰ってくる前、じいちゃんは「俺が先かちろが先か」って冗談を言ってたらしいけど、ちろが先だったね。帰ってきたぞーとじいちゃんの寝床を覗くと「さゆりお前、丸くなったなあ」(太った)と言われた。そんなん言われんくてもわかっとるから!  ずっと前、じいちゃんが畑仕事できなくなる直前頃、畑で腰掛けてじいちゃんと話した。そのときのことを書いたブログがたぶんこれ→怖い | 無限ワンアップ  なんだけど。こうして世代交代していくんだなって思う。母方のばあちゃんは4月に亡くなった。それで母ちゃんの両親は二人共亡くなった。順番順番にみんな、いなくなる。そうして、いつか私の番がくる。そうやって命が回ってる。私の将来の夢はお母さんになることなんだけど、実家にくるたびに、いっそう強く思う。親族とかの、先立つ人を見送るのはめちゃくちゃさみしいしキツいけど、あなたの血が私にも流れてるんだって思うと、不思議な気持ちになる。私の血の中にじいちゃんもばあちゃんも父ちゃんも母ちゃんもいるんだなって思う。それって軽く最強な気持ちになれる。自殺とかしちゃったら、私に流れてる血筋の人たちまで殺してしまうっていうか、つまりなんとなく失礼な気がする。笑

 

なんにせよ、あの世に知り合いが増えてくのは心強いよね。ちろ、長い間、うちにいてくれて本当にありがとう。ずっと忘れんし、大好きだよ。おやすみ。