無限ワンアップ・改

さゆゆだよお

号泣の紀伊国屋書店にて

いつも文庫本はブックオフでしか買わない。それも、108円コーナーの中からのみ。だから、いつも駄菓子を買う感覚で文庫本を買う。108円コーナーには、いわゆる文豪と呼ばれる作家のものから昨年のベストセラー小説まで、わりと幅広い品揃えが展開されている。だから店舗の規模が、大きければ大きいほどいろんな本に会える。読みたくて探してる本が、少し古めのものだったら、まずブックオフの108円コーナーに行く。108円コーナーで無かったら、普通のコーナーに行く。貧乏くさいかもしれないけど、108円ならためらいなく買えるからだ。読んでみて面白くなくても、108円だったら許せる。

だから普通の書店では、雑誌と漫画の単行本のみを買う。あとは、図書館には置かれない、マイナーな【どうしても読みたい本】が出てきたら普通の書店で買う。私の場合は短歌の歌集などがそのパターンだ。

 

このところ不安で不安で、毎日不安で仕方なくて、とにかく現実から逃げたくて、本やアニメや漫画の世界に没頭している。東京にいる若者で、かつ、帰る故郷もある自分が、どこにも行けないような気がしてしまい、ここではないどこかへ行きたくて。東京の平和な市を逃げだして、物語の世界に没頭していく。恋人たちが逢瀬を重ねる関東のどこかの街、大阪の繁華街、東海地方の自衛隊と高知の海を行き来して、宮城の県立高校のバレーボール部。福岡の精神病棟を脱走して九州を南下、人間は消え宝石たちが生きる架空の世界、野良猫が潜む目黒区に品川区とそれらの周辺。異能力者の集まる横浜の探偵事務所。学校に行くのをやめた少年が店番をつとめる秋葉原のアーミーショップ。銃を隠し持って犬吠崎まで爆走。ヒーローが活躍する日本。昭和の広島。弱者の集まる団地。九州、中国、ロシア、スペインはバルセロナスケートリンク。不思議なことが重なって起こる吉祥寺の街。自分を捨てた人が集まる不思議な島。もうどこでも良かった。没頭している間は現実世界のことを考えずに済む。自分とも誰かとも向き合わないで済む。いつまでもそうしていられないのはわかっているけど、それでも、ここではないどこかへワープしたくて、ページをめくる。

 

久しぶりに「文庫本を買うために」ブックオフではなく紀伊国屋書店に行った。ブックオフで見つからない【どうしても読みたい本】が出現したのだった。紀伊国屋書店は、田舎出の私にですら馴染みの、めちゃくちゃ大きな本屋さんだ。大きなビルのエスカレーターをふらふら上がって、最上階に店舗が広がっていた。文庫本のコーナーに行くと、ブックオフとは全然違う顔ぶれの本たちがたくさん並んでいた。このところ現実逃避にばかりふけっていたせいか、感受性がおかしくなっていたその日、すべてが刺激的だった。平積みにされた文庫本たちはピカピカの表紙を見せつけて、本棚に並ぶ文庫本たちの背表紙はひっそりと、みんな、客の人さし指を待っていた。いろんな本が私を手招きしているようでくらくらした。やかましくたくさんの声がするようだった。本の数だけ現実逃避の道があるという事実が、希望でもあり永遠の絶望でもあった。私が一生かけて物語の世界へ逃げ続けても、一生のうちにこの世に存在するすべての物語を食べ尽くすことはできない。この本が終わったら次はこの本、その次はこの本、そんなサイクルをどれだけ繰り返しても、読む本はなくならないのだ。

探していた本はすぐに発見できた。その作家は他に代表作を持ち、探していたその本はいわば2番手のような位置づけだった。新潮文庫の棚を五十音順になぞればあっさり見つかった。あらすじは知っていたけど、表紙を裏返してあらためてあらすじを読む。これだ、これが欲しかった。死ぬことを選んだ3人が、その前に、南の湾に迷い込んだクジラを見に行こうとする物語。あ、ヤバイ、と思った瞬間に涙がこみあげてきた。本を棚に戻して、店内のトイレでひとしきり泣いた。感受性が逆の意味でバカになっていた。最近しんどいことばかりで、その原因もよくわからなくて、こんなバカバカしいこと普段は絶対思わないのに、現実から逃げたくて本を読んで本を読んでまた新しく本を買いに来た自分がまるで薬物依存の患者みたいに思えた。人と向き合わないで、自分とも向き合わないで、酒にも逃げて、今度は架空の世界に逃げて。塞ぎこんでは、死ぬ勇気もなくて、そのくせ人が死のうとするような本読んで。ねぇ本屋ってちっともやましい場所じゃないのに!なんでこんなに涙が止まらないんだ!

 

わけもわからずにひとしきり泣いたあと結局買った本は、明日から読み始める。家に帰って積み上がった本と酒の空き缶を片づけたらさっきまでがバカみたいに冷静になって、本もアニメも漫画もほどほどでやめられる気がした。買ったのは窪美澄晴天の迷いクジラ」という小説です。