無限ワンアップ・改

さゆゆのメモ箱

オリジナルなカラーとは

「片山さん、どうぞ」と呼ばれるのを絶対に聞き逃してはいけない(呼ばれてるのにボヤボヤしてたらわりと軽率に診察を後回しにされる)から、ちゃんと片耳は外したイヤホンで聴く堂本剛の名曲ORIGINAL COLOR、素晴らしい間奏のギターソロに浸りながら髪の毛を抜いて足元にポイしていたら、少し距離をあけて隣に座っている男性が「この前入院しとったん、退院したん」とデカい声でひとりごとを言うのが聞こえた。こういう類の病院にいるキチガイ特有の、輪郭のはっきりしない喋り方だった。連中は何を考えているのかわからない。一般人には推しはかることがむずかしい。そして運が悪いと何をしてくるかもわからない。目が合うだけで何かが起こるかもしれない。初代ポケモンのピッピのワザ「ゆびをふる」みたいな感じ。何が起こるかわからない。だから絶対に視線をそちらに動かさないように手元の愛フォンを見つめる。
数秒経って、それはひとりごとではなく私に向けられたものだということに気がついた。そういえば私は先月の入院中に病棟の談話室でずっと髪の毛を抜いていた午後があった、看護師さんに見つかって強制終了になったけど。左手で文庫本をひらいて、右手で髪の毛を抜いては、テーブルにそれを黒々と積みあげていた。もしかしてこの人は同じ時期に同じ病棟にいて、その光景を目にしていた?それでさっき頭に右手をやる仕草を見てその時の私の姿を思い出した? 外来診療の今、入院中と服装も髪型も全然違うし化粧だってしてるのに、わかるものなのか。抜毛ってそんなに印象的な行為なのか。悲しい。やめたい。あと本当にごめんだけどおたくが私のこと知ってようとも私おたくのこと知らない。ごめん。怖い。
ほらオリジナルなカラーで、そうだオリジナルなカラーで、と堂本剛が歌う。これは「自分らしさ大切だよね」「みんなそれぞれの色があるよね」みたいな、メッセージ性の強い歌なのだと捉えている。ただ、サビの歌詞で「海の碧からくすねた優しさ 喜んでくれるかな 緑が好きだって云って買わされたシャツ」とあって、(私は沖縄の海みたいな色を想像するけど)そんなきれいな色の人間がいるなら会ってみたいと思う。キレイだな〜と思った色を手当たり次第に混ぜた私のオリジナルなカラーは、現在のところ目もあてられないような汚い色になっている。汚い。あと生臭い。色にニオイはないけど絶対生臭いと思う。でも、そんな色に対して「深みがあってイイネ!」などとわけのわからないことを言う人がたまにいて、だから生きていける。実際に、オリジナルなカラーがまるでドブなのにどうにも魅力的で仕方ない人、たくさん思いつく。
剛が終わって次に流れる曲を待っていたら、少しの無音のあと死ぬほど稚拙な演奏が始まった。ひとりで音楽をやるようになるよりも前にやっていたバンドのスタジオ練習の音源だった。ベースとボーカルを担当していた。私は普段、iPodに入っている音源すべて約2000曲をシャッフル再生しているから、いわばこれもピッピの「ゆびをふる」と同じで、何度も繰り返し聴いたようなお気に入りも出ればこういうスーパークソハズレも出る。どうせ毎回飛ばしてしまうんだから消せばいいのに、なんとなくそれはできない。死ぬほど稚拙なイントロが終わって死ぬほど稚拙な自分の歌が始まってしまう前に慌てて次の曲にいく。でんぱ組だ。これなら聴ける。ただ、精神科の待合室というシチュエーションには不似合いにもほどがある。作曲者のヒャダインもこんなところで聴かれることを想定して曲作りは(多分)しない。心を病んでいる人に対して「グリグリ ハングリーに勝ちにいけ!」という歌い出しは酷だ。
隣の男性が名前を呼ばれて診察室に入っていった。この人、私より絶対遅くに来たのに、なんで私より先なんだろう。
とりあえず、足元にポイしてた髪の毛を1本も残さず拾い集めてゴミ箱に捨ててきた。片山さんは、まだ呼ばれない……