無限ワンアップ・改

さゆゆだよお

愛に逆らうな

東京に引っ越して2週間が過ぎた。
鍋や食器を整えて、台所を使うようになり、食事を何回も作った。基本的な調味料などを揃えていったら台所が少しずつ台所っぽくなってきた。まだ散らかりまくりだけど。

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この家は台所がとても広い。それで、何か食べるものを作るのもそうだけど、それよりその片付け、鍋や食器を洗うのがそこまで苦にならないのが助かっている。家が広いと本当に気分が病まない。病まないというか、家の中での行動ひとつひとつにすんなり着手しやすい感じがする。

 

 

 

先日の、新宿ゴールデンエッグでのライブがひとつの足がかりになった。とても良い日だった。
ここのところずっと音楽のフィールドにばかりいたから、ちょっと違う形式の表現をする人たちにまみれるということで気合いを入れていった。想像以上に刺激的なパフォーマンスばかりだった。いろんなものが否応なしに目や耳へ飛び込んできた。特に言葉の情報量がとても多かったように思う。私の場合、朗読や歌をきくときは、その瞬間その瞬間で言葉を噛み締めて噛み締めて必死に食らいついていくように受信している。演劇もそう。それでも残念ながら、家の最寄駅に着く頃にはほとんどが記憶から抜け落ちてしまう。(ちなみにその日そんな中でも強烈だったのは「姉の自慰」と「アナルファック経堂」でした)
揉まれる自分もその中で新しい可能性が見えたというか、一皮剥けた感じがした。でもそれを可能にしてくれたのは会場内のたくさんのお客さん。久しぶりにライブ前に緊張したし、ありえないくらいテンションが上がってしまった。初めて観てCDを買ってくださった方もたくさんいて嬉しかった。いいライブをやれたあとにCDが1枚でも売れるという流れは何度体験しても毎回必ず心が震えるし、ああ今日ライブやれて良かったなぁと思う。この日のイベント主催の2人には本当に頭が上がらない。
たまにある、たしかに何かが変わったと思う1本。それを積み重ねて、筋肉つけましょう。

あと、4月に名古屋でのライブが決まった。本当に嬉しい。
私は遠出や外泊がとても苦手だ。苦手というか多分、普通よりも疲れてしまうんだと思う。荷づくりの時点でものすごいストレスだし、夜は家の慣れた布団じゃないと眠れない。富山に住みながら東京に来てライブをやっていた時期も、実際のところは尋常じゃない量のエネルギーを使っていた。だからフットワークは決して軽くない。
でも行く。上記の不安を、ワクワクが上回ってしまったので。
いわゆる遠征は過去に1度だけある。イベントに呼んでもらって、2015年に群馬県前橋市まで行ってきた。大荷物で電車を乗り継ぎ乗り継ぎ、疲れたけど、本当にいい体験だった。夜中の1時半ビジネスホテルの部屋から見た月がきれいだった。萩原朔太郎の詩集で「月に吠える」というのがあって、前橋で朔太郎の見ていた月はこんなんだったんかなぁと思った。

 

 

 

★ 

 

 

もう行かないだろうと思っていた。しかしまた行ってしまった。

猫カフェ

同じ店。2回目。

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私の担当(←ホストクラブの言い方)は、この子だ。模様は三毛っぽい感じで、だけど羊の毛のような手ざわり。ふてぶてしい顔をしている。前に訪れた時もこのちゃぶ台の上に鎮座していた。お気に入りなのかもしれない。

彼(いや彼女かもしれない、しかしホームページにこの猫のプロフィールは見当たらないため性別は不明)は、どうやら「れんにゅう」という名前らしい。れんにゅう。由来はやっぱりイチゴにかけるあの練乳なのだろうか。コンデンス・ミルク。ネーミングセンスどうなんよ。でも可愛い。練乳。ひらがなでれんにゅう。

 

 

 


好きなものには、どうしても負けてしまう。いつもどれだけ逆らっても、最後は握った拳の力が緩んでいく。あー、好き。あと10年、いや一生続いたらいいのに。私が抱えているたくさんの好きの気持ち達、これらの種は何なんだろうと考えてみたら、ひとことでいうと驚異だった。驚異によるものが多い。わかる〜っていう好きと、わからんけどヤバイねっていう好きの違い。そう。共感に起因する「好き」と、驚異に起因する「好き」は真逆だ。それで、お客さんが、お金払って来てくださる以上は、可能ならば私からは共感ではなく驚異のほうをお渡しすべきだと思った。おい、今さら何を言ってるんだよ。

明日はちょっと変わったバーでライブです。