無限ワンアップ・改

さゆゆのメモ箱

家の中にある酒という酒を飲みつくした。昼も夜も関係なく飲んだ。あればあるだけ飲んだ。酔いつぶれて眠って、覚めたらまた飲んだ。いつのものか不明なくらい昔の、埃かぶった瓶のワインも、苦くて嫌いなビールも、ウィスキーも飲んだ。酒ならなんでもよかった。アルコールと書かれているものは全部飲んだので、調味料の料理酒も飲んだ。全然おいしくなかったけど飲んだ。完全に頭がおかしくなっていた。アルコール度数が高いほど手っ取り早く酩酊できた。とにかくしらふでいるのが無理だった。酩酊していると安心できた。飲みたくて飲んでいるのではなく、飲まなければいけなかった。そういう悪魔にとりつかれていた。見かねた家族は、晩酌のビールや缶チューハイを買い置きするのをやめて、神棚のお神酒は空っぽにして、母は調味料の引き出しの料理酒をどこかに隠した。祖母は長年楽しみに作り置きしていた梅酒を全部捨てた。

財布を持っていると酒を買ってしまうので、家族はわたしの財布を奪って管理した。

その日は、酒を探して、納屋に踏み込んだ。納屋というのは物置小屋のことなんだけど、うちの納屋は、物置と車庫が一体になっている。家族はみんな昼間は車で働きに出ているから、車がないぶんガランとしている。うちは元鉄工所で、よくわからん太いワイヤー、鉄板、溶接機、切断機、錆びついた鎖、ほかにも用途がわからない錆びた大きな金属類がたくさん放置されている。その傍らに、祖母が畑でつくっているネギやじゃがいもやタマネギの収穫されたのがどっさり置いてある。そして、大きな業務用の冷蔵庫がある。何に使われているのかは知らない。おそらく祖父母が使っている。きっとその奥なんかに、家族の誰かが、入れたことも忘れてるような古い缶ビールとかがあるかもしれない。

期待に胸を昂ぶらせて冷蔵庫の扉に手をかけた。

鍵がかかっていて開かなかった。

酒を買うための金は手元にない。でもやはり飲まなければいけない。しらふでいることには強い強い苦痛が伴うからだ。だから飲まなければいけない。困った。その時、ふと、【盗む】という選択肢が頭をよぎる。考えたこともなかった。盗みをはたらくということ。コンビニに行って万引きをするか。それとも。昔からよく見知っている隣のお宅か。玄関の鍵が、開いているかもしれない。玄関でなくても、勝手口なんかは開いてるんじゃないだろうか?こっそりお邪魔して、ちょっとだけ、もらうだけだ。今みんな仕事に出ている時間帯だろうか。うまくいくかもしれない。

それに、もしもバレても、幼い頃から知っている「さゆりちゃん」のことなら、笑って許してくれるんじゃないだろうか?

心臓が速くなってきた。涙も出てきた。ドキドキしている。盗む?いやいや何バカなことを考えているんだ? 実行するか踏みとどまるかで心が激しく揺れる。でも飲まなければ。飲まなければいけない。あっち側に行くか、こっち側に踏みとどまるか。つらい。苦しい。みんな普通に働きに出ている真っ昼間に、わたしは何をしようとしている?

野菜の種の袋が視界に入って、思い出した。祖父の姉にあたるおばちゃんは、自宅の納屋にあったカルピスの瓶 に入った農薬をあおって亡くなった。納屋で倒れているところを発見された。だいぶ歳で、もう頭もボケてたらしい。

ふと思いつく。天井付近にわたっているあの鉄骨、私の体重にも耐えうるだろう。首をくくってぶら下がってみようかな。死のうなんて思ってない、ちょっと試しにやってみるだけだ。首が絞まって苦しくなったとき、しらふから逃げられるような酩酊がもしかしたらあるかもしれない。運が悪ければ死んでしまうかもしれない。いや、運が良ければか。でも別にいいかも。なんか、もう死んでもいい気がしてきた。今わたしの“針”はどう考えてもマイナスのほうへ振り切っていて、これをプラスのほうへ戻すためにはとてつもない労力が要る。そのことを心から面倒に思う。死にたい人たちの口にする「ラクになりたい」とはそういうことなんだと知って涙があふれる。死ねなかったら、逆に中途半端に後遺症が残って一生寝たきりとかになってしまうだろうか。別にいいや。普通に生活を営んでいくなんてもうわたしには無理なんだ。やってみよう。死にたいわけではなく、今の【盗む】の衝動をやり過ごすためだ。うっかり死んだときはそのときだ。やってみよう。何かそのへんの棚に使えそうな道具はあるかな、

「あんた何しとんが」

背後から祖母の声がした。

 

(2017年8月 富山の実家にて)