無限ワンアップ・改

さゆゆだよお

お友達からお願いします

今日のライブで、なんか、恋い焦がれていた相手に、セックスフレンドに「すら」してもらえませんでした。という言い方をしたけど、これは私がセックスフレンドという男女の関係性を見下していることの証明に他ならない。…と、気づいた。これはよくない。
好きです付き合ってください、という愛の告白に対して、お友達からお願いします というバカバカしい返事がよくある。それは、友達<恋人 な考え方に基づくものだと思う。そうでなければ、友達「から」という言い方はしないでしょう。友達の途上で、友達は恋人に変わるのか。
よいではないですか。セックスフレンド。私は誰かとセックスフレンドという関係になったことがない。未知の領域だ。でも「なんだかこの人とは会うたびに焼肉に行くなぁ」という男の人がいる。焼肉フレンドである。
会うたびに焼肉を食べてしまうか、会うたびにセックスをしてしまうかの違い。些細だ。私たちは、焼肉に行きましょうと言って会い、焼肉を食べる。でもセックスフレンドは、セックスをしましょうと言って会う という流れは踏まないのではないか? そこがセックスフレンドと焼肉フレンドの違いだ。いや知らんけど。あとセックスは金がかからないけど焼肉はめちゃくちゃ金がかかるという経済面での違いもある。

 

そもそも私は今日の無善寺で喋りすぎだ。喋りすぎ!喋りすぎ!喋りすぎ!喋りすぎ!喋りすぎ!喋るならここに書けよ!
セックスフレンドってすごい言葉だ。セックスをするフレンド。セックスのためのフレンド?
セフレって柔軟剤みたいにさらっと美しい音の響きだから、略さずにわざわざセックスフレンドと書いていこうと思う。肉々しい感じがする。

大島てるで燃える家

富山を離脱して再び東京都内に引っ越した。駅徒歩7分。風呂トイレ別。部屋が2つある。独立洗面台はないけど台所が広い。8年間住んだ武蔵小金井ワンルームは一体なんだったんだろうというくらい快適で驚く。環境の変化に弱いほうなので不眠や抑うつ状態を覚悟していたのに、今のところ気分が病まない。鬱になりがちだったのは住居の影響が大きいのかもしれないと思い始めた。そういえば西向きの部屋だった。駐輪場にチャリをとめておくと、よくカゴに鬼ころしの空パックを捨てられた。おそらく毎回同じ人だろう。
怖くて見れなかった「大島てる」を引っ越したあとに見た。二本指で地図を恐る恐る拡大したら、住んでいたアパートの隣の建物とさらにその隣の建物が燃えていた。
今の家はコンビニがほどよく遠い。計算していたわけではないけど、これが超良い。よなよな酒や余計なものを買いに行く心配がないのだ。距離があると、コンビニまでの道で我にかえる。前に住んでたアパートは1階がコンビニだった。1本目のストロングゼロを飲み終わる前に2本目のストロングゼロを買いに出ていたし、2本目のストロングゼロを飲み終わる前に3本目のストロングゼロを買いに出ていた。どうかすると3本目のストロングゼロを飲みながら4本目のストロングゼロを買いに出ていた。泥酔で前後不覚になろうとも、徒歩15秒でコンビニという環境のせいで、それはそれは簡単に手に入った。鬼ころしを私のチャリカゴに捨てていたのはオッサンかもしれないけど私くらいの年齢の女だった可能性もなくはない。

 

 

★ 


昨日うまれてはじめて猫カフェに行った。2016年の夏に、ちろ(実家に15年いた白ねこ)が死んでしまってからしばらく経って、猫とふれあいたい欲求が時間をかけてじわじわと限界まで高まっていたのだ。
しかし猫カフェを訪れるまでに葛藤があった。私はちろが好きなのか、それとも猫なら何でも好きなのか? 人語を喋る想像上のちろが言う「アンタなんて猫なら誰でもいいんやろ!」と。違う。ちろはもちろん特別だ。家族だ。そんなちろを差し置いてそこらの店の猫なんかにデレデレして許されるのか? でも私はおそらく猫が好きだ。ちろも好きだけど、そもそも猫という生き物が好きなのだ。いや断言できる、普通の人よりも猫が好きだと。そしてこれは間違いなく、"猫を飼う"という経験を私にもたらしてくれた、ちろのおかげなのだ。ちろは殿堂入りだ。大好きだ。大丈夫。だからちょっとだけ覗いてみよう。猫カフェというのがどういう場所なのか偵察してすぐに店を出るのだ。そういうつもりで、店に入った。
変な空間だった。うまく言えないけど、端的にいうと、きれいすぎる。もっと獣くさくて動物園みたいなのを想像していた。猫カフェの猫は猫のにおいがしない。毛もふわふわでサラサラだ。きれいすぎるのだ。これはもしかしてぬいぐるみではないか?と疑った。猫カフェとうたいながら、猫型の動くぬいぐるみを置いているだけなのではないか? しかしササミを持った人間に瞬時に群がったり、ちょっとすり寄ってきたと思ったらフイッとそっぽを向かれたり、客に構わず眠ったり、行動を見る限りどうやら中身は間違いなく本物の猫だった。安心した。

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その店は滞在10分につき200円というシステムだった。だからチラッと覗いて10分経ったらすぐに出よう、と思っていた。それなのに気づくと30分が経過していた。時計を見てギョッとした。時間をぶんどられた。まだ3分しか経っとらんやろと思ったら30分が過ぎていたのだ。結局30分で店を出たけど、30分は短すぎた。何時間でも居たい。
店を出たあと、虚無感に襲われた。そして、次はいつ行こうか当然のように計画を立てている自分に気づいた。風俗にハマる男の人の気持ちを想像した。
そう、水商売みたいだ。でも飼い猫は飼い猫で、店の猫は店の猫だ。つまりキャバ嬢はキャバ嬢であって彼女ではないし、ホストはホストであって彼氏ではない。
ホストたちはもてなしてくれた。でもホストのぬくもりではなく彼氏のぬくもりが欲しくなった。彼氏が欲しい。心から求めているのは会いに行けるホストではなく一緒にいてくれる彼氏だ。私は彼氏のうんこの世話をしたり、彼氏の抜け毛に辟易したり、絨毯にゲボを吐かれたり、あわよくば同じ布団で寝たりなどしたいのだ。そして一緒に歳をとって、本当につらいけど最期はちゃんとありがとうありがとうって見送るのだ。彼氏というけどもちろんメスでもいい。メスの彼氏でもいい。

 

 

★ 


ここからはポエムになるのだけど、
会えない人も会わない人も、死んだことと同じやん という過激な考え方はなかなかに私を救う。GUでパッと買ったスウェットのピンクが臓器っぽい色味でかわいいから良かった。さほど厚くないから春も着れる。だから私にはジェラート・ピケは必要ない。生き延びることと生きることは違うのだと好きな作家が言っていて、具体的になんて書いてたか忘れたけど解釈はしっかり心に刻まれた。つまり寝るために最低限の衣類を見にまとうのが"生き延びる"ことでジェラート・ピケは"生きる"ことなんだと。わけのわからないヨレヨレのトレーナーと中学校のジャージをパジャマ代わりにして"生き延びて"いた私からすれば、GUのスウェットすら"生きる"ことに該当するかもしれない。まず上下揃ってるし。色もかわいい。

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ポプテピピック、アニメをよく見る人たちにとっては多分すごいことが起きてるんだろうけど、初心者にはレベルが高すぎる気がしなくもない。でもED曲が良いなと思った。女声のを聴いたあとにキーの変わった男声を聴くというのは趣がある。EDは絵のタッチもかわいいな。

明日は無力無善寺でライブです。引っ越してきてまた東京でちゃんとライブやれるのがすごく楽しみなんです。私は私にワクワクしています。よろしくお願いします。

私は私の屍の上にいる

1月は2本、ライブをやった。うち1本は大きな往来自由型のイベントで、私は半年くらいは無善寺でしかライブをやってなかったから人がたくさんいるところに飛び込んだらとても疲れた。でもやっぱり楽しかった。スタッフも出演者もお客さんもいろんな人がいて、みんな何を考えて何のためにやってるんだろうと想像せずにいられなかった。でも理由ってあとからついてくるからどうでもいい。そのイベントに関してはTwitterでばかり情報収集していたから、みんなインターネットの中の世界から立体化して出てきたみたいに感じた。うまく表現できないけど、体温のなさそうな女の子を何人も見た。
それと、年が明けてからライブの出演依頼をたくさんもらっていて、びっくりしている。心がじわっとあたたかくなる。私は一度墓に入ったくらいのつもりでいたし墓の中にいた者にオファーの類もそんなにないことだろうからまずは作品づくりをしたいと思ってたけど、人前に出る機会があって嬉しい。失礼のない程度にしっかり体を鍛える(筋トレをするという意味ではない)。
といっても無理はしない。好きでやってることだから、早押しや三択で答えを出すのは嫌だ。

 

来月都内に引っ越す。実家は居心地がいいけど、いつまでもこのままではいられない。富山に帰ってきてからいろいろあったけど体調もまあまあ安定してきた。引っ越して、東京でまた音楽ライブ活動や好きなことを好きなようにやりたい気持ちはもちろんあるけど、それよりも、東京で毎日毎日朝から晩までまじめに働いている恋人をそろそろ近くで支えたいと思った。
新しく住むところは、8年間住んだ武蔵小金井ワンルームと全然違う。まず風呂とトイレが別々だし、部屋が2つあるし、台所が広い。特に台所は、作業スペースもしっかりと確保できる嬉しい広さだ。シンクも広い。ガスコンロは2口!使いこなしたい。
家族じゃない誰かと一緒に生活するなんて、うまくいくだろうか。初めてだ。私はたぶん、環境の変化に強いほうではない。もちろん楽しみだけど同じくらい不安がある。ちゃんと眠れるのか、起きられるのか。自分のせいで2人ともうまくいかなかったらどうしよう。

でもうまくいかなくても、死ぬわけじゃない。
良くも悪くも、先のことは何もわからない。だからもしダメだったら違う道を探って試す。しっくりくるまで何度でも。それでいい。きっとみんなそうしてる。
間違えてもいい。間違えても、繰り返さなければ。自分に言い聞かすまでもなく経験として知っている。
過去のことを思えば後悔ばっかりで先週のことすら黒歴史で、とめどなく次々と湧いてくる、あの時もっとうまくやれたのにとか、あの時どうしてあんなことをしてしまったんだろうとか。頭に浮かぶと「あああ」とか「うー」と声が出る。でもきっと、「あの時もしあっちの道を選んでいたら」という分岐点で選ばれずにあえなく死んでいった数えきれない私が屍の山になって、そのてっぺんに、"私選手権"で優勝し続けている私が今立っている。ボロボロでも、みっともなくても、今の私がとりあえず優勝。そして可能性として死んでいった足元のそいつらが、優勝者である私のことを世界中の誰よりもよく知っている最強の理解者。
生きてたら絶対にいいことがあるなんて言い切れるわけがない。明日のこともわからない。それでも、できるだけ空気がきれいで、空が見えて、日当たりの良く明るいところを歩きましょう。屍の山に胸を張れるように。
2018年もよろしくお願いします。

黒いコリラックマ

写真とともに最近の小ネタ

 

◆まあまあ積もるくらい降りました。

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トヤマのは水分が多くてベチャベチャで重いです。冬が嫌いなので、司法が許すなら冬という概念を殺害したいです。せっかくだいぶ融けたのに、また今夜から明け方にかけてモッサリ降るそうです。くそが

 

M-1グランプリがとても面白かったです。どこかの組を応援してたとかではないし、テレビついてたからなんとなく見てただけ、でも、ついつい見入ってしまってずっと笑いっぱなしで、あぁお笑いって良いなぁ〜と思いました。でも裏を返せばお客さんの反応が(笑いという形で)ダイレクトに表れてしまう世界、シビアだなぁとも思いました。スベること恐れないのかな? 恐れてたら何もできないんだろうな。どの組も面白かったけど、私は1番手「ゆにばーす」とラストの「ジャルジャル」が好きでした。ジャルジャルは漫才というか新しいジャンルの芸だなと思いました。ゆにばーすのボケの女性のインスタ見たら自撮り詐欺がめちゃくちゃすごくて、思わずフォローしたしファンになってしまったところです。

 

◆母が美容パックをたくさんもらってきたので享受しています。英語と韓国語で書かれているのでたぶんそのあたりの言語圏のお土産とのことです。韓国コスメというやつでしょうか。

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実は私はハングルが読めます、が、「声に出して読める」というだけなので単語等の意味はほぼわかりません(ハングルはローマ字みたいなものなので子音と母音を覚えれば簡単に読めるよ)。例えば「キムチ」とかはキ・ム・チ、って読めればキムチだなってわかるけどそうじゃないものはわかりません(中国語由来の語句とか)。そこでカメラを文字にかざすと翻訳してくれるアプリを使用してみましたが

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まあこんなもんだよな。(結局英語を読んだ)(でもパックなんて結局風呂上がりに顔に貼るだけだから読まなくても良かった)

 

◆今ダイソーがサンリオキャラとのコラボでネイル(マニキュア)を売ってるらしくて、調べてみたらかわいい、これは欲しい、けど生活圏内にダイソーがない。頼むから長い期間売ってくれ。もはやピールオフタイプのベースコートとか誰か買っといてほしいくらいです。でも実用性とか実際どうでもよくて、ネイルするしない関係なく、単に、見た感じおもちゃみたいでかわいいし欲しくなるという話です、108円だし……。あとキティちゃんがノーマル、マイメロがラメ、キキララがオーロラって種類で分けられてるのが熱いなと思いました。

 

◆貧血の投薬治療を始めました。鉄分の薬を毎日飲んでいます。血液中の、なんかの成分、普通の人は最低でも50ある数値が私は18しかないそうで、これはマズイねってなりました。それで、鉄剤を飲み始めてからというものめちゃくちゃ調子がいいです。スッと起きられるし、なんていうか全体的にON/OFFがハッキリして生活がしやすい。冬季鬱かなと思ったら貧血でした。昔は頑張ってアサリとかほうれん草とかレバーとか食べてたことあったけど、食事で鉄分を補給しようとすると結構むずかしいので薬飲むのが手っ取り早くて良いです、副作用も便が黒くなるくらいだし。まあこれまでに何回か貧血の投薬治療したことあるから「またこの流れか……」って感じではあるけど

 

◆それで体調が良くなったのもあるのですが、週5くらいで料理をするようになりました。一人暮らしでの自炊も楽しかったけど、ひとりぼっちの部屋で自分でつくったものを自分で食べるので、(あくまで私の場合ですが)虚無虚無プリンでした。あと台所が狭いので何もかもやりづらかった。実家にいると、つくったものを自分以外の人間に食わせて反応を見るという楽しみがあります。おかげで冬とは思えないくらい調子が良いです。9月に入院してから、這いつくばるような感じで毎日進んでいたのが、ハイハイになり、今は四足歩行くらいになりました。ゴリラみたいな感じです。

 

◆家のキッチンタイマーが壊れて、新しいの買いに母とコメリ(ホームセンター)に行ったら幸運にも壊れたやつと同じものがあったんですが、

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お値段698円。私はキッチンタイマーって100均で買うものだと思っていたので、へぇ〜……という気持ちでした。壊したやつは貰い物だったため、お値段を知らなかったのです。でもタニタのやつだけあってデカくてわかりやすくて使いやすいです。使っててストレスがない。壊したやつは白だったけど新しいやつは色違いのピンクになりました。かわいいねぇ〜かわいい

 

コリラックマのポーチが死ぬほど汚い件

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洗いました。ちゃんと元の色に戻りました。

 

◆1個800円のりんごがうちにきました。

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家の誰かが誰かからおすそわけをもらったそうです。1個800円……!マジ?(マジ)  まず、切ってない時点でめちゃくちゃいい匂いがします。すでに普通のりんごとは一線を画す気配がします。私は1個100円のりんごしか食べたことがないので違いがわかるか不安だったのですが、食べてみたら、違い、超ワカル! 酸味が少ない! 上品な風味と香り、あとなんか蜜たっぷりでシャキシャキで最高!(食レポへたくそかよ) ちなみに岩手県の「冬恋」という品種だそうです。

 

◆たぬきむすび という食べ物を初めて知ったので作ってみました。

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たぬきむすび、有名ですか? 私は最近初めて知りました。レシピを検索するといろいろ出てきたけど、基本的な作り方は全部同じで、ごはんに天かす(揚げ玉)と刻んだネギを入れてめんつゆで混ぜご飯にしたのを握って完成。おいしかったです。私は天かすサクサクのほうが好きなので、作りたてのやつを食べるのがハッピー☆って感じでした。めんつゆ味のごはんって結構くどいからヘビロテする気にはならないけどたまに思い出したら作りたいです。

 

◆豆苗の成長を見るのが楽しいです。

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豆苗は、野菜です。昔からある? 最近流行ってる? 上部を切って食べるんですが、切ったあとも根っこを水に浸けて明るい場所に置いておくとまた生えてくると書いてあったので、食品トレーに乗せて試してみたら、見事に生えてきました。先日、生えてきたのをまた切り落として食べました。それでもまた伸びてきます。

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(環境汚すぎでごめん)とても生命力を感じます。これまでは2回ともスープに使いました。次は何に使おうかなあ

 

◆じいちゃんの四十九日の会食でおいしいものをたくさんいただきました。

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全部は食べきれませんでした。それでも、このメニュー見て「デザートの苺大福(好物)は絶対食べたい!」と待ち構えていたら、しばらくして運ばれてきたのは

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想像してたのと違うタイプの苺大福でした。おいしかったです。

 

◆なんだか食べ物の話ばかりになりましたが、来週21日(木)は高円寺の無力無善寺でライブをやります。2014年の1月から第3木曜のレギュラーにしてもらったので、これで丸4年経ちました。もう4年!!?? 来年もよろしくお願いします。

遺族のタイムライン

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★Day 1

「もう長くない」から「そろそろヤバイ」になるまでが早かった本当に早かった。急だった。
《座敷きれいに片付けといて。とりあえずは、じいちゃんが病院からいつ帰ってきてもいい状態にしとかんなん。仏壇の前も》嘘でしょそんな……。そんで座敷をとりあえずで掃除機かけてたら、訃報。早い。ちょっと待ってくれ。しかし泣いている暇はない、座敷の片付け続行。じいちゃんがやっと病院からうちに帰ってこられる。仏壇もひらく。拭く。
近しい場所に住んでいる親族が続々とやってくる。連絡がまわったんだ、ありがたい。でも誰が何なのか全然わからん。勝手に台所入られるのすごいヤなんだけどこの口うるさいババアは、じいちゃんから見て、そして私から見て何なんだ?家系図ほしい。ていうか名乗って〜。でもとりあえず今はいちいちそんなん尋ねてる場合じゃない。まあとりあえず親族なんだろう。父ちゃんとばあちゃんが帰ってきたら聞こう。
あ、神棚は見えないように隠すんだなこういう時……へえ……。ていうかそのためのデカい布をばあちゃんきちんと用意してて、それがすごい。
葬儀屋さんが登場。床の間、掛け軸も置物も撤去撤去撤去!
そしてじいちゃんが無言の帰宅。顔も手足も白い。あ〜〜〜〜ホントに死んじゃったんだ。あああ。あああああああ。

 

 

★Day 2

起きると目玉焼きが作ってあった。あれ、精進料理って肉と魚はダメで、タマゴはアリなんだっけ……?
「母さん、タマゴってNGじゃない?精進料理的な意味で」「うっそ」「待って今ググる」NGやんけ。「ごめーん殺生してないモンなら食べていいもんやと思った〜」しかしつくったものを捨てるわけにもいかないから食べた。母のテヘペロ、じいちゃんごめん

「そんで、明日がお通夜で、明後日お葬式だよね?礼服どこだっけ」「いや、日曜が葬式できんがよ。友引だから。もう1日延びる」「アーなるほど……」こういうことでもなければコヨミとか普段まったく気にしない。こないだ久しぶり会った先輩はわりと気にするよみたいな話してた、引越しの日とか。冠婚葬祭以外で考えたこともないや。

私は夕方から歯医者の予約してた。けど、これは、こんなときは、歯医者に行ってる場合なのか?まあ今は手すきだし、いいかなあ……
「おーい。さゆりもうすぐ歯医者やろ。俺が車出すちゃ」「え、いいが?カッパ着てチャリで行くつもりでおったんだけど」「いいよ、今ちょうど手あいたから」「ヤッターありがとーってかまだ居間で父さんたち話しとんがやろ?兄貴抜けてきてよかったんけ?」「なんか、さっきから遺産の話?始まったから」「イサン」「遺産の相続とか」「イサンのソーゾク……」

歯を削ってプラスチックを詰めて、違和感ないように形を整えてもらう。歯医者さんもそうだし、葬儀屋さんもだけど、プロってすごい。普段ふれる職業の人もすごいしプロだけど、普段あんまりふれない職業の人と関わったときに特に思う。プロってすごい!

 

 

★Day 3

親族がモリモリとうちに来ていくんだけど、とにかく続柄がわからない。
「あの幼女ってどこの子?」「あれはばあちゃんの兄の、あ、もう亡くなっとられるけど、そのお兄さんのそこの家の息子さんとその奥さんの子」「へえ〜」

「今うちに出入りしたり手伝ってくれたりしとる親族の人らって、どこの人らなん?家系図書いてよ」「そうやね、ちょっと書いてみるわ」

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まあまあわかった

あと「ユカリちゃんやね。大きくなったねえ」と親族にそこそこ名前を間違われる。サユリって名前になって27年経過してるけどまだ間違うかなあ。そういえばお年玉のポチ袋にも「ゆかりちゃんへ」って書かれてたことが結構ある。サユリとユカリってそんなに似てるかな。似てるかもな。

座敷に横たわるじいちゃんのすぐそこに座り込んで、ボケーッと考える。でもほとんどわからない。ハテナマークばっかり。
じいちゃん、本当に死んでしもた。あんまり苦しまずにいけたとのことだったから良かったけど、それでもやっぱり少し苦しかったんかな。死ぬのって怖かったかな。
私のことどう思ってただろう。孫。子どもの子ども。わからなすぎる。子どもすらいたことがない私にとっては途方もなく遠い世界。孫がいるってどんな気持ちなんだろう。

 


★Day 4

昼ごはん(もちろん精進料理)食べながら見てたテレビで、蒙古タンメンの特集。
「うまそー」「東京にあるがやろ?さゆり東京おったとき食べたことなかったん?」「なかったんよね」「セブンにカップ麺あるよね」「マジ?」「なんかチーズ入れて食べたらおいしいらしい」「やりたいなそれ」

納棺、出棺、からの、お通夜。礼服着た自分は老けて見える。というか年齢を感じる。すごく。納棺は、葬儀屋さんってプロだなーって感じ。仕事ではあるけど、死体にめちゃくちゃ触るのってどんな気持ちなんだろう。仕事以上でも仕事以下でもないか。
麻雀牌もパチンコ玉も燃えないから、結局花札を入れた。じいちゃんの体の上に絵柄の札がたくさん散って、すごく風流だった。インスタ映え、インスタ映えするよじいちゃん。
お通夜はたくさんの人がきた。本当にたくさん。斎場のキャパオーバー気味だった。ありがたい話だホント。中学校のときに数学を教えてもらってた先生と理科を教えてもらってた先生と学年主任だった先生が来てくださった(父の仕事関係者)。久しぶり……。
喪主である父の挨拶(スピーチ)がパーフェクトだった。参列者様への感謝の気持ちと、在りし日のじいちゃんの様子と、きっちりハッキリと喋る。
斎場で親族で軽めの会食、祖母と父と兄が斎場に泊まって残りメンバーは帰宅。シンゴジラやってるけど見ない。

 

 

★Day 5

葬式。朝早いから不安だったけど起きれた、やればできるじゃん。
喪主である父のスピーチは、さすがに声をつまらせていた。昨日だいぶ気丈に振る舞ってたんだなあと思う。
バス、タクシー、霊柩車で火葬場に向かう。火葬場ではさすがに泣けた。お別れのタイミングってたくさんあって、入院したとき、もう喋れなくなったとき、ご臨終を告げられた時、お棺に入るとき、いろいろあったけど、最後の最後の本当のお別れって肉体が燃えるタイミングかもしれない。
そんで斎場に戻ったらすぐ初七日法要をやってしまう。この地域だけかなあ。それにしても効率厨だよなあ。終わったら、親族で会食。献杯。食べれるものが全然ない私は食わず嫌いを早急にどうにかすべきだと思う。恥ずかしい。
時間がきたので火葬場にまた戻って、骨になったじいちゃんとご対面。そして納骨。焼け残った全部の骨を納める。母の実家のほうでは部分納骨で、骨壷に入りきらない骨は処分しちゃう流れだったはず。まず骨壷小さかったし。地域差、おもしろい。

帰宅したら、またお寺さんが来てくださって、お経をあげてもらう。そしてお寺さん帰って………

やーっとひと息……!かと思いきや、すぐに香典開きを開始。結構ある、ありがたいことに結構あるぞ香典。

「さゆりのパソコンって使える?」「一応。OSはvistaやけど」「とりあえずExcel使えりゃいいから」「なるほど!」
SEの兄、さすがです。香典の通し番号、名前、所属もしくは住所、金額を表にしてあっという間にまとめてしまう。
「あーークソっクソ」「ごめん、vistaちゃんに文句は言わんであげて」「違う、IMEに文句言うとる」「何それ」「変換のやつよ。侑って字ユウで変換出てこんとかさ」「あ、その字アツムで変換したら出るよ」「お!出た!」

通し番号31番のがない!探せー!(探す)ない!なんで?「いや、ここの受付してくださったんうちの班(うちの地区には地区内でさらに班という単位があり、回覧板は班ごとに回すし通夜葬儀の受付を手伝ったりし合う)のじじばばだから、ちょっとボケて書き飛ばしたがやろ」

「職場関係」「終わった」「地区」「終わった」「親族・一般」「終わったー!」
「こっちもExcelの入力全部終わっとるよ」「おおさすが」「じゃあ次は?」「手書きのやつと入力したのやつ一応読み合わせせんといけんくない?」「印刷印刷ー」「何言っとんがけ今うちプリンタ死んどんにけ」「俺明日職場で刷ってくるわ」「え〜〜今日中に終わらせときたい〜〜〜〜」「セブンで刷れるよ?PDFにすれば」「マジか」「PDFにしたやつを、USBに入れてコピー機に持ってくがよ。あたしプリンタ壊れてから大学のレポートいつもセブンで刷っとったもん」「じゃあ今からチャチャっとセブン行ってくっかー」

「ほらここに、USBとかいろいろ、さすとこあるやろ?」「へーーーー。便利やな」ウィーンガーーウィーンガーーウィーンガーー
「あ、めっちゃあんにけ蒙古タンメンのやつ。何個買ってく?」「4つくらい?」ヒョイヒョイヒョイ「あとねなんかチーズ入れたらめちゃおいしいらしい」
「あと今日なにげに月曜だからジャンプも!おおラス1やん!」
「もうひと頑張りだからみんな食べる用にじゃがりこ1コ買ってこ」「いやいやいや肉じゃが味はダメやろ(精進料理的な意味で)」「まじだwwwwwwww」サラダ味をチョイス

「95番、5千」はい。「96番、5千。」はい。「97番、3千。」はい。「終わり!」終わりー!
「職場関係終わり」「地区のも。親族・一般のも終わった!」ヤッター!
「とりあえず今こっでいいで、あんたらごはん食べてこられ。ごはんと納豆くらいあろう」「母さんたちは?」「もうちょっとだで、あとは上のもんだけでやっとくちゃ」「お願いシャス」

「あ、さっき買った蒙古タンメン食べるか」「あれって肉入っとるかなあ」「入っとらんよ。こないだ夜勤の前コンビニで肉魚入ってないもん探してみたらねーそれは乾燥肉?っぽいやつは入っとらんっぽい」「「おお………」」
兄と私で蒙古タンメン中本カップ麺、いただく。メイン遺族が葬式の夜に食べるものとしては……まあいいか。
「チーズ入れたん、どうけ?」
「めっちゃヤバイ」

(蒙古タンメンってこんなに辛いんだ………)

 

 

 

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メイン遺族は大変だったという覚え書き。今回は、人が死ぬことについて、ソフト面よりハード面についてばっかりずっと考えた。
今日が9日目、やっとめちゃくちゃ泣いた。
これからじわじわと、悲しいとかさみしいとかが迫ってくるんだろうと思う。それはそれとして溺れてもいい。
四十九日までは気を引き締めていくぞ

神様はSNSをやらない

今月神様に会いにいくから、神様について書こうと思った。ので、書く。

 

私の神様は音楽家だ。存命人物で、今この瞬間もきっとバリバリ制作をしているかもしれない。

初めて神様を知ったのは「着うた」の配信サイトだった。つまりガラケーの全盛期だ。私は高校生だった。【期待の新人!】などとキャプションのついたアー写の画像。その下に、最新作のアルバムのリード曲の着うたがワンコーラス無料でDLできるリンク。
なんとも不思議な曲名に惹かれてそれをDLして聴いた。歌詞は抽象的なんだか文学的なんだか、私には全然わからなかったけど、漠然と「かっこいいな」と思った。何より歌のメロディーが気に入った。アーティスト名を覚えておかねば、と思ったのに、死ぬほど覚えにくい文字列だったからすぐに頭の中から消えた。
その週、夜に習慣的に聴いているラジオからその曲が流れてきた。不思議なタイトルで、歌詞よくわからんあの曲!そんで覚えられん名前のやつ!
YouTubeはまだ今ほど一般化してない時代だ。私が新しい音楽を知るのは、ラジオからか、ケーブルテレビの音楽専門チャンネルからだけだった。そんな中でも、強烈な存在感を示していた。

その後、神様はめでたくメジャーデビューとなる。
メジャーデビューのシングルの曲は、歌詞がめちゃくちゃわかりやすくなっていた。ポップだ。メジャーに行くにあたって大衆的というか優等生っぽくなったのかな?あの着うたの不思議なタイトルの曲とは結構違う。でも歌のメロディーは相変わらずとても素敵だと思った。
それから何枚かのシングルを経て発表されたファースト・フルアルバムを聴いてびっくりした。1曲目のイントロから、音が「ワル」なのだ。メジャーデビューで優等生になったんじゃなかったのか。歪みまくりのギターに、やたらうるさいドラム。そして「どうすんだよ、めちゃくちゃだぞ/平気な顔して、とんずら」という、バカでもわかる言葉でこのアルバムは幕を開ける。10曲収録されていて、すべて聴いたあと、「まるで人間が10人いるみたいだ」と思った。キレてたり、チャラかったり、のんびり屋だったり、お茶目だったりする。ただすべての共通点として、歌のメロディーがめちゃくちゃ良い。10人すべて同じ親から生まれたのだ。私はとにかく歌を気に入って、そして感銘を受けた。何度も口ずさむし、カラオケでも歌う。
ちなみに神様は2017年11月の現在までに6枚のフルアルバムをリリースしていて、それぞれに特色があるけど、私はこのファーストアルバムがいちばん好きだ。アルバムタイトルもジャケットもいちばんわかりやすい。

私が大学進学のために上京した年、神様は日比谷公園の野外音楽堂でワンマンライブを開催した。雨が降りそうでギリギリ降らなかったのをよく覚えている。
アンコールのときに、普段ライブでは全然喋らない神様が
「楽しいことを求めている人のもとには、必ず楽しいことが舞い降りてくる。そういうふうにできている。大丈夫」
と話した。ああ、この人をずっと追いかけたいと思った。
それから私が音楽活動を始めて、神様がかつて出演していた下北沢のとあるライブハウスのステージにようやく初めて立ったときには、神様は、とある有名な映画の主題歌を手がけていた。

そして今私がギターを置いても、神様は相変わらず快進撃を続けている。アニメの主題歌もよく担当するようになった。おそらく来年には7枚目のアルバムをリリースするだろう。

神様は、神様にいろんな矢印を向ける私たちに対して2層構造をとっている。
まず、基本的に神様は演奏中にピエロのような表情や動きをする。初めて神様を見る人の目には、それが異様というか、めちゃくちゃ面白くうつるらしい。だから神様がゴールデンタイムの歌番組に出た直後なんかは、神様の顔や姿でコラ画像・ネタ画像が作られているのを見たことがある。神様の作品なんか知らなくても、ライトな層はそうやって楽しむ。サビだけでも残れば御の字だ。
でもその道化フィルターの奥にある誠意や愛を、見破る人はちゃんと見破る。ちゃんと見つめてみれば詞も曲も一級品だ。演奏のアレンジだってテクニックだってすごい。
そして何より、音楽を愛する者に対してこの人は絶対にやさしいのだと。


以前、神様はTwitterの個人アカウントをもっていた。活動やライブの情報だけでなく日々の何気ないつぶやきや考えを投稿したり、制作途中の作品をチラ見せしたりもしていたけど、とりわけ「コミュニケーション」にTwitterを活用していたように思えた。フォロワーやファンから売られた喧嘩を文字通り「爆買い」していた記憶がある。コミュニケーション過多。血の気が多いのではなく、ただ真面目なのだ。
そして神様はTwitterをやめた。アカウントそのものを削除したのだ。それから神様は、(観測できる範囲内では)SNSの類を一切やっていない。あの人は賢いから、何か考えがあってのことだろう。でも、だから少なくともSNSでの発言によって私をがっかりさせることはない。完璧だ。安心して信仰できる。世に送り出してくれる作品と、年に何回かだけ更新されるオフィシャルサイトの長文ブログ、基本的にそれだけを、私たち信者は噛みしめて味がなくなってもまだ噛みしめて、幸せに浸る。あの人はこれからも永遠にSNSなんかやらなくていいのだ。必要ない。シェアもイイネもタグ付けも炎上も全部バカバカしい。そのままずっと完璧な神様でいてほしい。お金ならいくらでも積むから。

とは言ってみたものの、仮に神様がSNSを始めたとして、きっと私はどんな発言を見ても平気だし、嫌いになるわけなんかない。だって信仰ってそういうことでしょう。

今月、神様のライブにいく。本当に久しぶりだ。出会った頃JKだった私はアラサーになってしまったし、同じように神様もすっかりおじさんになっている。私があっち行ったりこっち行ったりいろんなことしてる間にも神様はずっとただ音楽を続けて、凡人には生み出せないキラキラやギラギラをたくさん装備してきた。それらを携えて、横浜アリーナ幕張メッセみたいに大きくないけど決して小さくはない会場で、神様は力の限りきっと最高に楽しいことを起こしてくれるに違いないのだ。だって楽しいことを求めている人のもとには必ず楽しいことが舞い降りてくるって言ってたから。めちゃくちゃ楽しみ。

朗読の採点とかいう無理ゲー

まず知らん人のために。説明しよう!
持ち時間3分間以内で、ステージで朗読や声によるパフォーマンスをして、観客の中からランダムに選ばれた審査員たちが10点満点でそのパフォーマンスを採点して勝敗をきめる っていう「ポエトリースラム」という競技?遊び?があるんです。なんか世界じゅうでも楽しまれてるんだって〜。で、それの日本大会「ポエトリースラムジャパン」ていうのがあります。私も一昨年に話芸の上手なお兄ちゃんに出てみなよーって紹介されて1回出場してみました。
それの、日本各地の地区大会を経ての、全国大会が先日あったそうなんですが、出場者のパフォーマンスにつけられた点数が低かったことに関して苦言を呈している、出場者のツイートやブログを見ました。


以上をふまえて、以下の文は、【こないだまで5年くらい弾き語りやバンドでライブ活動をやっていて朗読やポエトリー関係のイベントにもちょびっとだけ出演させてもらっていたよ】という一般人の声です。


そもそもアートや表現というものに一般ピープルが勝敗や優劣や点数をつけるのってめちゃくちゃ過激なことだなと個人的には思うけど、(まーでもたとえば集客数とか再生回数とか売り上げとかの大小、あと発言力のある批評家とか専門家とか知識人の好き勝手なウンチク、によって優劣がついてるっぽく見えるんだろうと思うよ)
そういう過激なことをされに自ら向かうわけでしょ出場者のひとたちは。めちゃたくましいじゃん。ヤベエじゃん。鋼のメンタルじゃん。まさに戦士じゃん。すごくすごいと思う。
そして、勝敗がつくからには勝ちたい。それはワカル。
でも本来はアートに優劣とかなくない? 超キレイゴトっぽいけど「みんな違ってみんないい」じゃん実際。それはもう絶対に絶対じゃん。だって誰の心に何が響くかはランダムだから。だから採点者も仕方なくランダムに選ぶんじゃないの? 知らんけど。

なんかさあ……たとえば、どうしても生理的に無理な語句(トラウマを想起させるとか)があって、朗読した作品の中にそれ含まれてたから低い点数つけちゃうっていう人とか、いるんじゃないかな〜っていうかそのくらい全然ある思ったけど。じゃあほかに、たとえば耳が遠い人は? 日本語わかんない人は? 子どもは? 客席にどんな人がいて誰が採点者に選ばれてどう評価されるかなんて本ッッッ当にわからないし、っていうか運の部分めちゃ大きいでしょ。でも、その結果がどんなにショッキングだったとしても、採点をdisするのって、採点者の感性をdisしてるんじゃんかよ〜。ちゃんとルールの枠の中からはみ出してないのであればそれが適切な結果なんじゃないの。どの立場がえらいとかじゃなくて、演者は人間、スタッフも人間、そして客も人間でしょ。

【客のレベルが低い】みたいなのもどっかで見た気がするぞー。気のせいかなー。う〜〜〜〜んと、私がその場にもしいたらとしたら、悲しすぎるぞ〜。
「オッ、友達が出てるから行こ!」って軽い気持ちで来てる人だっているよ。もしかしてだけど、客のすべてが出場者と同じくらいの重さの気持ちを持って会場に来てると思ってるのかな?緊張感とかプレッシャーとか。そんなことってありえる? まあでも、予選出場者とかパフォーマンス経験のある人たちとかいわゆる身内ばっかりで客および採点者が埋まるんだとしたらそういう雰囲気もありえるね(仮にそんなことがありえるとしたら個人的にはクソクソクソつまんねー場だなと思うけど)!さすがにそんなことはないでしょう
一見さんや軽い気持ちで来た客に対して、出場者がどんな思いで作品書いてどんな思いでステージに立ってるかまで推し量って点数つけろ!っていうのはヘビーすぎるよ〜。演者が背負ってるものホニャララ?そんなもん知ったこっちゃねーよ!全員等しく、持ち時間の3分間で起こったことがすべて……じゃないの?

あと【テキストそのもののクオリティに向き合ってほしい】(くだんのブログから引用)っていうのは、それは、つまり、
あえて本当にめちゃくちゃ乱暴な解釈で乱暴な言い方しますけど、
「テキストを理解できないバカは採点すんな」って解釈もOKでしょうか?曲解?被害妄想?でも私はバカ側の自覚があるから少なからずそう言われてるように感じて……。おまえに用はないというか。なんか、うん……それが発端で、だからこれ書いてるんですよ。おこだよ。結構おこなんですよ。ムカついてる。だからこれ書いてる。
「うわー私はじかれたー!」と思っちゃった。きっとテキスト以外をみちゃうから。バカなんですよ、だから「この人めちゃエモいしカッコイイ!」とか「この人はパッとしないな〜」くらいの知能で点数つけるしかできないんだけどダメなん? ダメ? ダメなら、客として参加することのハードルめちゃ高いじゃーんポエトリースラム。行けないよ。「うーん、この人、言ってることよくわかんねーし声小さくて退屈、あと服もダサい!良さを1ミリも感じない!」って気持ちで0点つけたら演者にキレられる、そういう世界ですか? そのくらいの感じで評価したらダメ? なんていうか…言ってること(テキスト)を理解するためのそれなりのリテラシー?とやらが必要なんですか? 何言ってるかわかるテキストはちゃんと何言ってるかわかるけどわからんやつは本当にわからんもんで……。でもそのくらいのバカ採点、あってもよくない? まあ服がダサいは極端な例だけど…ダメですか? 私はそういうのあったほうが断然おもしろくなるって思う。誰でも観にきていいよっていう形式をとってる以上、興行なんじゃん。詩人のひとたち頭かたくね?
来場者をふるいにかけて、パフォーマンスを「わかる」人しか来ないように仕向けるのは、純度の高いコミュニティをつくるんならめちゃくちゃ正しいんだと思うし内側の人もいろいろとやりやすいことでしょう。いやそれでいいんならいいんだろうけど。でもそれ外から見たら超閉鎖的だよー!

音声データや紙面を通してじゃなく生身の人間が生身の人間に対面してパフォーマンスしてみせるんだから、そこで何が起こるかわからなくて当たり前じゃん。緊急地震速報で客の携帯がいっせいに鳴るかもしれない。歓声もヤジも飛ぶかもしれない。火炎瓶も……さすがに飛ばないか。なんか友達は自分の朗読パフォーマンスのときにおっぱい出して逮捕されたらしいけど笑。でもそのくらい何でもありえるってば。それがライブじゃん。しかも演者から一方通行じゃなくて「採点」って形で客と演者の相互的なやりとりがあるんだもん、全国大会の平均点がどんなに高いのであろうと、低い採点くらいでどうして動揺がおこるのか不思議なんだけど

 


なんか先月に上野公園でやってた大きなイベント?ラッパーとか、谷川俊太郎も出てたやつ。Twitterでイベントのようす見て、めーーっちゃスゲー!って思った。大きな会場が本当にたくさんのお客さんで埋まってる写真が流れてきて「すごい!すごいなあ!朗読のイベントに足をはこぶ人ってこんなにいるんだ!そんなにヤバイことになってたんだ!これは、私もっと朗読のイベント観に行きたいかも!」と思った矢先だから、やっぱり敷居が高いのかなぁ〜っていう悲しみもあるです。まあ勝手に期待して勝手にがっかりしてるだけなんだけど。やっぱ閉鎖的になっちゃうのな。おーーいーー

言葉って無限の可能性あるじゃん、朗読はめちゃくちゃカッコよかったのにそれを活字で見たら意味不明てパターンもありえるし、朗読はダサいけどそれが詩集って形になったら一生の宝物にしたくなるパターンもありえる。だから言葉の表現って朗読がすべてではない、けど入口ではあるじゃん絶対。好きも嫌いも、カッコイイもダサいも、賞賛も苦情も、そんな二元論なんか超越したすごいヤバみも、とにかく受け手が心ふるわせるには、まずは見なきゃ、触れなきゃはじまらないのに。当たり前じゃん。まずは実際にパフォーマンスをみて、話はそれからじゃん、それなのに、それなのに、それをさあ、はじかれた客はそこにすら至らねーーーーんだよ!