無限ワンアップ・改

さゆゆだよお

スーパーマーケットファンタジー、そして酒クズと図書館

富山に帰ってきてから2か月、3件不採用を経たのちようやくバイトが決まり、めでたくスーパーのレジを始めた。車を使わずに家から行ける距離で、私が幼い頃から何度も何度も母と買い物をしたことのある小さなスーパーだ。よっぽど人が足りていないらしく、履歴書をもって行くと即採用になった。
スーパーのレジは高校生の頃に経験があった。茨城県での夏フェスに行くために、学校(バイト禁止)に内緒で夏休みの短期アルバイトとして朝から夕方まで毎日レジ打ちで旅費とチケット代とグッズ費を稼いでいたのだ。今の職場は当時通っていた店の系列店なのでいろいろと気楽だった。あれから約10年のブランクを挟んでいるし、当時は今ほど普及していなかったエコバッグやレジ袋有料制など面倒なことはあるが、レジ打ち自体は徐々に調子を取り戻しつつある。何より「レジやったことあるがね? なら大丈夫やちゃ」「あんたの研修今までのバイトの子でいちばん短時間でラクだったわ〜」とスキルを認めてもらえて、ほとんどすぐに戦力として使ってもらえているのがありがたい。(ちなみに昨日「あんたこれからどっか就職すんが? ずっとここで働く気っちゃない?」と言われた。どんだけ人足りとらんのや)
我ながらとても良い質の接客だと思う。はっきり喋れる人間でよかった、あとかわいい声に生まれてよかった。所作を丁寧に丁寧にこなすと、おつりを渡す際なんかに客側も「ありがとう」「お世話さまです」と言ってくれたりする。多少ミスしたとしても笑顔で許してくれる。
ただ、そんなふうに私の神接客を以てしても何かが気に入らないらしく文句をつけてくるババアはいる。ババアのみならずジジイもいる。しかし彼らはそういう生き物なので仕方がないと割り切るしかない。

レジにいると、カゴの中身を通してその人の生活がなんとなく見える。
ホットケーキミックスと蜂蜜とホイップクリームを買う母娘。揖保乃糸とめんつゆを買うおばさん。鬼ころしのパックや焼酎のボトルとサラミを大量に買っていくおじさん。高い味付き肉とエバラ焼肉のタレとサニーレタスを買っていく家族連れ。ゴミ袋やラップやスポンジなどの日用品をまとめて買っていくお兄さん。小銭を握りしめて半額のアイスを1個だけ買っていく子ども。
人を見た目で判断してはいけないが、カゴの中身とギャップがあるときは少し「おっ?」と思う。

図書館でや塾で働いていた時と比べて、やりがいは1ミリも感じない。たまに同級生や同級生の家族がきたり、客と世間話をしたり、小さな子どもと接したりするという楽しみがないこともないが、基本的にはゆっくり流れる時間との戦いだ。同じ動作の繰り返し。出勤して、レジに立った瞬間からもう帰りたい気持ちになる。壁の時計を何度も見てしまう。それでも、この田舎で車の免許を持たない私が家から通勤できる圏内の数少ない商業施設に雇ってもらえただけでも御の字なのだ。ついでに、ありがたいことに三角巾のようなものを被って勤務するため頭のハゲも隠れる。ありがたい。文句を言っている場合ではない。それに、別にやりがいや生きがいを求めてスーパーのレジ打ちをやりにきているわけではない。金、欲しいのは金だ。家でぼんやりしている無為な時間を現金に変え、人と関わって生きて、さっさと目標額まで貯めて一刻も早く東京にいる恋人と暮らすと決めたのだ。働くしかない。働くしか。

 

バイト先を出てすぐそこに、図書館がある。役所仕事の施設も併設されていて、かつては児童館もあった建物だ。ナントカ総合センター、みたいな感じ。幼稚園や小学校とも近い。そこまで広くはないが、間違いなく人生で最も訪れた図書館だった。どこにどんな本があるか、つぶさに知っている。児童図書も一般図書も、幼い頃からこの町を出ていくまでに読んだ本がたくさんある。ここで宿題もしたし、受験勉強もしたし、小説も書いた。不登校の時にも通った。

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↑美しいよね。どの本も、それぞれのやり方で自分を主張してる。
この図書館のロビーには公衆電話や自販機や長椅子があって、学校帰りの小学生たちの溜まり場になっている。小学生の占拠していない部分の長椅子に腰掛けて、夜寝る前に飲むつもりで買った缶チューハイを取り出し、開栓する。

 

ヤベーーーーーーーー

 

背徳感とアルコールでフワフワする。おいしい。そしてとても強く強く、罪の意識。昼間から外で酒を飲んでいる。とても健全な場所で、こんなことをしてしまった。小学生たちはこんなところで座りこんでいる私をどう見ているんだろうか。下校時間帯に飲んでるダメな大人だろうか。それとも、すぐそこに自販機があるから酒の缶をジュースやお茶だと思っているだろうか。
「今日バイト頑張ったんだし別にいいじゃん、あと歩いて帰るだけなんだし」心の中の悪魔が言う。
「こんなところでこんなことしてるの明らかに普通じゃないよ、やめなよ」心の中の天使が言う。
しかしもう開栓してしまった以上飲むしかない。飲む。自分クズだなあ〜と思っていた自責の念が、罪悪感が、ナントカ総合センターのロビーから吹き抜けへ向かってすぐに溶けていく。おいしい。おいしい。
飲み干してゴミ箱に缶を捨てて、ほろ酔い状態で図書館に入る。意識はしっかりしているが、視界に入る本棚の本すべてが面白く見える。心理学、名付け辞典、宗教、農林水産業の抱える問題、名前も知らない偉人の一生、いきものずかん、弁護士になるには、としょかんのつかいかた、1人ぶんの朝ごはん、トムソーヤの冒険、横光利一の全集、上手くなるサッカー、尾木ママの本、子どものためのドラッグ大全、村上春樹、もうどれもこれも面白そうで、館内をフラフラと歩けばあれもこれも読みたくなって、手に取っては目次だけ眺めて棚に戻す。特に児童図書が楽しい。あー、酔ってる。最高。楽しい。やっぱり私は図書館が好き。大好き。大好きだ。文字の海、情報の海に溺れていたい。たくさんの資料たちが、誰かに伸ばされる手を待っている図書館。触れていたい。
また図書館で働きたい。これが私の願望だ!
そして、思い立ったらすぐに行動をおこしてしまうのが私の長所であり短所である。
カウンターにフラフラ近寄り、パソコンでお仕事をされていた小太りのお兄さんに尋ねる。
「すみません」この時点で私は酒臭かったのかと思うとあらためてクズだなあと思う。
「はい」
「あの、トヤマ市立図書館って本館の他に分館がたくさんあるじゃないですか」
「ええ」
「その、それらで働いとられる方たちって皆さんすべて司書の資格を持っとられるんですかね」私は司書の資格を持っていない。
「あー……一部、ですね」
「一部?」
「いわゆる普通の、パートの方とかも少なくないんですよね」
「はあ、そうなんですね」
「はい……」
「……」
「……」
「今って」
「はい」
「こことかって、求人とかってしてないんですか」
「あー……」
「……」
「ここの分館からは出してないんですけど、本館がまとめて出してますね」
「ああ」
「求人に関することも、本館に問い合わせてみればいいと思います。それこそ電話とかしてみるといいかもしれないですね」
「なるほど、そうですよね。すみません、ありがとうございました」
司書資格がなくても働いている人はいる!ヤッターーー!!!せっかく安定してきたスーパーのレジを放り投げて、私でもパートとしてどこかの図書館に採ってもらえないだろうかなどと酔った頭で考える。バカだから。しかしそもそもトヤマにはいつまでも滞在しているつもりはないのだった。前述のとおりさっさと金を貯めて東京で恋人と暮らすのだ。司書の資格は、まあ子どもを産んで空き時間に勉強を始めるとかでもいいだろう。東京に行けば電車やバスという通勤手段があるし、働く場所なんていくらでもある。結局今はスーパーで金を稼ぐしかないし、図書館は利用者として楽しむのが最適解だろう。

 

目下のところ、レジの仕事に慣れてお金を稼ぐしかない。経験もあるせいか、わりと好調だ。明日から夕方〜閉店まで固定のシフトだ。閉め作業では、レジ以外にも鮮魚部門のこともしたりする。早く慣れたい。
ちなみに前述のお兄さんは昨日13時台に私のレジへお昼ごはんを買いに来た。たぶん私のことは覚えてなかったと思うけど、少しテンションが上がった。

片山さゆ里を応援してくださる方へ

音楽やめますという宣言ではないです。でも、ちょっと考えていることを正直に書きます。

 

現在、東京でライブ活動をバリバリやって音楽で売れたい(オーバーグラウンドに出たい)!というようなことは、一切考えていません。
私にそういったことを期待してくれてる方、そういったシーンにいてほしかった方には心から謝ります。ごめんなさい。今後の私ではこたえられるかわからないので、見限ったら他のアーティストさんを追いかけてください。
とりあえずこの文章を最後まで読んでもらえると幸いです。

 

東京に8年暮らして、音楽をはじめ演劇や文芸や美術やその他のパフォーマンスなど、いろんな表現方法に触れて刺激を受けました。それで、実家に帰ってきてゆっくり考えた結果、どうしても、簡単にポイ捨てされないものをつくりたいなと思うようになりました。
それで、なんだか、今自分のやっていることに少し違和感があって、気持ち悪いのです。

 

私は曲をつくるペースが遅いです。それでも、これまでに作った曲は一字一句すべて気に入っていて、自信があって、聴いてくれる人にそれが届いているという手ごたえもあります。中にはネットに載せている音源を聴いてCDを取り寄せてくださる方もいて、そんな時は、純粋に音楽だけを評価してくれてるんだなと思えて嬉しいです。

それが、音楽だけを評価されるためには【女で、シンガーソングライターで、ギター弾き語りで、活動拠点は東京ライブハウスやライブバー】という枠内ではあまりにも難しいなと感じるようになりました。違和感とか気持ち悪いというのはそういうことです。
私は、つくるものを評価されたいです。容姿とかコミュ力とかは評価されなくていいです。
ライブをやるためのシステムとか、流行とか、しきたりとか、しがらみが多すぎます。もっと自由になりたいです。
うまく言えないけど、何かが決定的におかしいのです。モヤモヤします。なんか気持ち悪いです。自分と世界のズレを感じています。たとえると上手く生きられる水質の川がなかなか見つからないなという感じです。それこそ無力無善寺くらいかも。
それで、「そもそも選ぶべきは音楽以外の手段なのかな?」とも考えるようになりました。それは今考え中です。

 

それと、私は「やらなければいけない音楽」はこの世にはないと考えています。そう考えながらも、音楽活動に対して「やらなきゃ」って気持ちを一瞬でも持ってしまった以上もう不健康だと思います。私はあまり良くないベクトルに「真面目」な性分なのでこれは仕方ないです。別に音楽とかライブやることを嫌いになったわけじゃないと思う。ただ私は「やらなきゃ」って思って芸事をやりたくないです。頑張りたくもないです。
ここに関しては書くと長くなるから省略

 

せっかく勉強がんばって入った国立大学も8年通って中退したけど、学歴とかそういう輝かしいものを手放してもまだ、私は何らかの形で世の中に喧嘩を売って生きていきたいと思っています。多分それは、当分はそうだろうと思います。当分は喧嘩売っていきたいだろうと思う。ただそれが、私ひとりでなのか、集団になっているのか、ギターを抱えているのかいないのか、人前に出る類のものなのかそうでないのか、ちょっと今後はわからないよ。ということを書きたかったのです。
音楽で、女で、シンガーソングライターで、弾き語りで、東京でたくさんライブ活動して、みたいな存在を求めている方は、もしかすると他をあたったほうがいいかもしれません。という、おことわりでした。
短距離走から長距離走に切り替えるね。そんだけ。無善寺には今後も毎月行くから。
以上をふまえて、これでもまだ私を好きでいてくれる人はのんびりと見守ってくれると嬉しいです。
「さゆ里は実家に帰ってからつまんなくなったね、早く東京戻っておいでよ」と言ってくれた友達もいます。確かに、富山の風土が私にそう思わせてるのかもしれない。でもそれもわかりません。

 

というわけで、先のことはわかりません。ちょっと一呼吸おきます。おいています、ナウ。それでも、まだ付き合ってくれる人は、ついてきてください。喧嘩売ってくようすを楽しみにしていてください。今後ともよろしくお願いします。
以上。

2017年春の読書記録

春に読んだ本の感想などまとめ。1〜3月は読書どころではなかったので主に4月5月に読んだものたち。画像は自分撮影だったりアマゾンから拾ったり

 

目次
★さよなら、ニルヴァーナ / 窪美澄
★殺人出産 / 村田沙耶香
★ブルーシート / 飴屋法水
★すみなれたからだで / 窪美澄
★スクラップ・アンド・ビルド / 羽田圭介
★A / 中村文則
★ひらいて / 綿矢りさ
★殺戮にいたる病 / 我孫子武丸
華氏451度 / レイ・ブラッドベリ
君の膵臓をたべたい / 住野よる
★ジニのパズル / 崔実
ハサミ男 / 殊能将之

 

■さよなら、ニルヴァーナ / 窪美澄

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この人の本わりと好きかも、と思って、読めるやつから順に読んでいる。これはたぶん神戸連続児童殺傷事件の「少年A」が題材になってるんだと思う。少年を追う作家・少年を崇拝して聖地巡礼する少女・被害者児童の母親の3人の視点から物語が進む。重い。少女が被害者児童の母親と出会って少年のもとへ向かうあたりから、すごく引き込まれて時間を忘れて夜中まで読んでしまった、けどラストで失速したというか、オチが、というかこの話が結局どういうことなのかがよくわからなかった。人間の描写は本当にすごい、というかそこがこの人の本の好きなところ。

 

■殺人出産 / 村田沙耶香

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某作家のおすすめで知ったのと、去年に芥川賞とった「コンビニ人間」で名前を知ったので読んでみた。短編集。表題作は「10人産んだら1人殺してもいい」っていうぶっ飛んだ制度が設けられた日本の話。そのほかも、ぶっ飛んだ設定の話ばっかだった。たぶんそういうコンセプトの短編集なんだと思う。当たり前のことをぐるっと裏返してみるというか。サクサクっと短時間で読めたし普通に人に勧めたい。あとコンビニ人間も読みたい。

 

■ブルーシート / 飴屋法水

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戯曲。戯曲っていうのは演劇の台本(私は大学入るまで戯曲という言葉自体を知らなかった)。岸田國士戯曲賞とってたのと、私の周りのアート関係の人たちで上演が絶賛の声が多くて、読んでみた。実際に東日本大震災に見舞われた10人の高校生が役者をやって、学校の校庭で上演したらしい。読んでみて思ったのは、たぶん戯曲という文芸は、読み物として楽しめるものとそうではないものに二分できるとしたらこのブルーシートは後者だってことだった。戯曲を読んで、上演めちゃ観たかったな、とこんなに思ったの初めてかも。でも私ごときが感想述べちゃいけないのかもしれないとも思う、そういう濃度を感じた。

 

■すみなれたからだで / 窪美澄

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これも「窪美澄の本を読むぞ」と思って読んだ。普通に読みやすい短編集だった。いくつか好きな話もあった。でも、この人の本は連作短編か長編のほうがずっしり重たくて気持ちいい気がする。

 

■スクラップ・アンド・ビルド / 羽田圭介

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又吉の「火花」と一緒に芥川賞とったやつ。それまで全く存じ上げなかったけど、又吉の受賞で芥川賞がワッと話題になったときに便乗してテレビにめちゃ出てて、変な人だなあ〜と思ってた。作品まったく知らないのにお人柄ばっかり先行してしまうという面白い事態。読んでみたらやっぱり変な話だった。簡潔にいうと、青年と死にたがりの祖父とのおかしな関係を描いた話、なんだけど、私がこの本から感じたのは「筋トレに対する信仰」だった。ご本人が筋トレマニア(?)というのを事前にテレビで見ていたからだと思う……

 

■A / 中村文則

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この人の「教団X」を読みたかったんだけど図書館で予約30人待ちとかだったから諦めてテキトーに手にとった短編集。結論からいうと私には早すぎる感じだった。振り幅が大きくて。部屋でボール3つが動いてるだけの話とかあった。ウワ〜〜〜こういうのを純文学と呼ぶのか???と思った。何年かしたら読み返したい。あと相変わらず教団Xも読みたい。

 

■ひらいて / 綿矢りさ

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綿矢りさの、何の本だったか忘れたけど、「うわ怖っ」て思った瞬間が何回もあって、どういう怖さかというとホラー的なあれじゃなくて人間って怖いよねみたいな怖さで、私はこの人に対して「怖い話を書く人」というイメージがある。この本も、青春小説なんだけどちょっと怖かった。主人公の女の子がどうしようもなく好きなクラスメートの男子には彼女がいて、彼のことを振り向かせたいあまりに主人公はその彼女と寝る。みたいな。どうしてそうなる。

 

■殺戮にいたる病 / 我孫子武丸

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「小説 どんでん返し」とかで検索したら大抵出てくるから気になって読んだ。結論からいうとマジの最高だった。叙述トリックって映像化するのは難しくてつまり文章という表現ならではの楽しみで、私は叙述トリックだとか終盤にどんでん返しだとかそういう本が大好きなんだけど、その観点からいえばもう本当に本当に最高だった。「叙述トリックの話」という先入観をもって読んだけど何がおかしいのかまったくわからなくて、最後のページでああああああああ!!!となった。人殺しの描写は結構グロいし、犯人の思想がガチのサイコパスで意味不明だし、殺害シーンのたびに流れる岡村孝子の「夢をあきらめないで」にはとんでもないマイナスイメージがつく。けどそれを差し引いても最高だった。よくできてる。

 

華氏451度 / レイ・ブラッドベリ

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外国の小説をあんまり進んで読もうとしないけど、文庫だし行間広いし装丁も新しいっぽいしこれなら読めるかなと思って。読んでみたら、めちゃ面白かった。本の所持が違法になった世界で、本を燃やす仕事をしてる主人公が世界のおかしさに気づいて、本を読んでしまって……みたいな話。ディストピア。たぶんもともと詩的な文体なんだと思うけど、訳がよかったのか、その中でもハッとさせられる文章がたくさんあった。この世界の人たちはテレビとラジオに心奪われてて、自分で思考することを忘れてしまったせいで記憶力とかも著しく低下させられているけど、(散々指摘されてるみたいだけど)このテレビとラジオをインターネットに置き換えたのが現代なのかもしれない。ブラッドベリもそういう世の中に警告をこめてこれ書いたらしいけど、1953年に書かれたとは思えないくらい、全然古くなくて、現代に共通することたくさんあった。もし現代でも、本、取り締まられたら嫌だなあ。

 

君の膵臓をたべたい / 住野よる

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どの本屋に行っても平積みされとるなあ、と半年前くらいからずっと気になってたら、あれよあれよとベストセラーそしてコミカライズに映画化。そろそろ読まなきゃ!と思ったタイミングで本屋行ったらなんと文庫化していたので購入。1行目から人が死んでた。「人が死ぬラブストーリー」ってカテゴライズおよび先入観はすごく不健康だと思うけど、正直最初はちょっと斜にかまえて読んじゃった。これは、ラブストーリーっぽいけど違うような気がする。恋愛の定義ってどういうものなのかわからないけど「相手を知りたい」ひいては「君になりたい」と思い合う関係の尊さにこみ上げるものがあり、泣けるという触れ込みのとおり、終盤、というかこのタイトルに迫る部分でちょっと泣いた。あと読み終わって表紙を見たらまたこみ上げるものがあった。映画は観ないつもり。

 

■ジニのパズル / 崔実(チェシル)

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コンビニ人間」受賞のときの回の芥川賞候補になってたのと、本屋でわりと見かけるので読んでみた。めちゃよかった。パワーがすごい。これ芥川賞とってたらちょっと日本変わると思う、そのくらいの力をもった話だと私は感じた。在日朝鮮人のジニという女の子の話。青春小説なんだけど、宇多田ヒカルテポドン金正日が同じテンションで出てくる。小説に限らずだけど、「これを伝えたいんだ」ってボディブローのように迫ってくる作品に触れたときって、心が震えて、創作意欲も刺激されて、最後には「ありがとう」みたいな気持ちになるけど、今回本当にそれだった。圧倒された。読めてよかった。ジニのことを抱きしめたいし、私もがんばって生きていこうと思った。この崔実さんはこれがデビュー作だそうなんだけど、またこの人の本を絶対に読みたい。

 

ハサミ男 / 殊能将之

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これも「どんでん返し」系の本だといろんなところで勧められたので読んだ。そういう先入観をもって読んだからだろうけど、ずっと違和感があって、叙述トリックはネタばらし前にわかってしまった!もったいない、何も知らずに読むべきだったー。でもそれ抜きにしても、よくできたミステリーで、真犯人は最後までわからなかったし、読みごたえもあった。この人もう亡くなってるのが残念だ。

私の強迫性障害

トイレで、確かにおしっこを出し切った。でもまだ出る気がする。そして膀胱と尿道に意識を集中させると、まだ残っていたぶんが出る。それでもまだ出る気がする。実際に出る。私はこれを出し切らなければならない。その繰り返しで、トイレからなかなか出られない。

髪型を整えるために鏡を見る。するとチラッと白髪が見えた。抜かなければいけない。今こいつを見逃したら次いつ見つかるかわからない。だから今このタイミング抜かなければならない。そうして頭髪をじっくり見ていると別の白髪も見つかる。それらも、今抜かなければ次いつ見つかるかわからないので、今抜かなければならない。

同様に、頭の髪の毛をさわっていたらチリチリになった髪の毛を手触りで発見した。抜きたい。抜かなければならない。「それだけが違う、それだけが異質」ということは、それを排除しなければならない。抜かなければならない。

朝8時に目が覚める。昨日眠りに就いたのはおそらく4時頃だ。4時間しか眠れていない。このことがどうしようもなく恐ろしい。人と会っている大事な場面で居眠りでもしてしまったらどうしよう。授業中に居眠りをして先生に怒られたらなんて恥ずかしいんだろう。バイト中にうっかり居眠りしてしまったらクビになるかもしれない。だから私は外に出ることを選ばずに家で眠ることにする。人との約束は体調が悪いといってドタキャンする。授業はサボる。バイトは休む。

朝9時に目が覚める。待ち合わせは9時半。友人はとても化粧が上手いしイケイケ系だ。私は化粧がそこまで上手くなく、時間がそこそこかかる。しかし友人の隣を歩くにはきちんと化粧をしなければならない。必ずそうでなくてはならない。それなのに寝坊をしてしまって、化粧を完璧にする時間がない。間に合わない。もういっそすべてが面倒になる。私は友人に電話をして「ごめん、体調が悪くなった」と嘘をつく。

大学の授業のレポートを書く。完成する。これを提出すればいい。提出期限がギリギリでも、とりあえずの誂え物でも、これを提出すればいい。しかし、果たしてこれで本当にいいのか?ともう1人の自分が問いかけ始める。こんなもの提出していいのか?と。締め切りまでにレポートを書き直す時間はない。しかしこのレポートをどうしても提出してはいけない気がする。そうしてそのレポートはお蔵入りになり、その授業の単位を落とす。

ほうれん草をゆでる。根っこはよく洗ったはずだが、土や砂が出てくるのが不安で何度も何度も洗う。強く扱っても出てこなくなるまで。

トイレから出る。手を洗う。それでもまだ汚い気がするので、水を止めてからもう一度、手を洗う。それでやっと気が済む。

真実はいつもひとつ

ゴールデンウィークに、友人(おたく)(コナンファン)と名探偵コナンの映画をみにいった。
本当はカラオケに行く予定だった。歌う曲リストまで作成して楽しみにしていた。しかし行きの車の中でコナンの話になり「映画行く? 今から行っちゃう?」「え、でももう見たんやろ?それ」「見たけど、くり(私のあだ名)にも見てほしいし……」「(そんなに面白かったんや…)」という流れになる。「どうする、どうする」「あ、映画館行くなら次の信号のとこ左折せんといけん、それまでに決めんにゃ」「えっ、どうしよ」「でもカラオケも行きたいね」「でも、でも、そこまで言うならコナン気になる!」車は左折した。

そして見た「名探偵コナン から紅の恋歌(ラブレター)」、

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めちゃ良かった。
映画館で映画をみるということ自体が、何年ぶりになるかわからないくらい久しぶりだったため、まず「ポップコーン食いながらデカい音とデカい画面で見るコナン最高ー!すごーい!たのしー!」という、極めて原始的な感想がうまれた。映画の内容は、冒頭いきなり人が死んでそれからテレビ局とかがボンボン爆発して登場人物がバンバン死んで最後はきれいに解決、という非常にエキサイティングなものだった。
物語の舞台は京都で、百人一首がキーポイントになっているのも良かった(自分が百人一首やってたことあるから歌の意味とか全部覚えてる)。さらに、なんといっても、登場人物である西の高校生探偵こと「服部平次」が、とにかくかっこよかった。信じられないくらいかっこよすぎて、この映画を見るということは服部平次に抱かれるようなものなのだと思った。この映画を見た人は全員服部平次に抱かれたということなのだ。そして、ピンチの場面で平次が幼なじみの和葉に言う「手ェ離したら、殺すで」というセリフで私はハートを撃ち抜かれて妊娠した。平次の子どもを。着床した。あのセリフの瞬間に観客すべてが妊娠したに違いない。つまり日本に服部平次の子どもが何人新しく誕生したかわからない、そのくらいのヤバさをもったセリフと演出だった。映画館を出たあと、私には探偵の幼なじみがいないという現実を不思議に思った。

その映画館はショッピングモールの中にあるので、映画館を出たあと私たちは同じモール内のイタリアントマトに入った。友人の頼んだケーキをつつかせてもらいながらしばらく喋った。私はコナンに関しては素人なので、コナンファンの彼女にいろんなことを聞いた。その結果、コナンに関するいくつかの基礎知識を得ることに成功した↓

・平次と和葉は付き合っていない(いわゆる両片思い)。
・新一と蘭も付き合っていない(新一は気持ちを伝えたが蘭がそれに答える前にコナン化した)。
・コナンのアイテムはすべて阿笠博士が開発している。
・おっちゃんは奥さん(蘭の母)とは別居中。
・原作は1994年から連載が開始し、現在コミックスは90巻ほど出ているが、この間コナンたちの世界では半年くらいしか経過していない。
・アニメ1話ぶん=原作3〜4話ぶん。つまり、原作通りにアニメを進めていると原作の連載の最新話にあっさり追いついてしまう。したがって、放送されているアニメは原作にはないオリジナルストーリーの回が少なくない。
黒の組織に関して、その設立者や詳しい目的などはまだ何も明らかにされていない。
・灰原さんはかつて黒の組織にいた。
最近の小学生はコナンと新一の関係性をよくわかっていないままコナンを見ているらしい。

他にもあったけど突っ込んだ話なので略。友人は、なんでもスラスラと答えてくれた。頼もしい。

あとは、友人も私もオタクなので、そういうオタクな話をたくさんした。彼女とは中学生からの付き合いだが、ここまで突っ込んだオタク談義をしたのは初めてかもしれない。

「女体化がどうしてもダメ」「コスプレが理解できない」「獣化はどうか」「キャラとモブとの関係性はどの程度まで許せるか」「結婚する前に一度イベントで本を出してみたい」「恋人は趣味に理解があるか」「こんなシチュエーションの同人誌がある」「×××っていう同人誌がおすすめ」など。

 

友人は、美人なのに「あ〜〜○○くん(某作品の俺様系キャラ)すごい良い、夢も攻も受もイケる、しゃぶい」など幸せそうに発言する信頼のおけるオタクだ。私が映画自体久しぶりだったので、付き合ってもらってありがたかった。ちなみに行き帰りの車ではアイドリッシュセブン(私と友人共通して知ってるジャンル。男性アイドルグループのソシャゲ)の曲が流れていた……。

「展覧会に飾る絵はこれが私の人生だっていうつもり」

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ちょっとした機会があり、富山県民会館日展をみにいってきた。日展というのは、わからんけど日本各地から美術作品がたくさん展示されてる系の展覧会だ。略して日展だ。知らんけど。ちなみに来場者のほとんどは私より年齢が上のように見えた。あまり若者がくるところではないのかもしれない。

たぶん高校生の頃、偶然にも前売券が手に入って同じ場所に日展をみにきたことがあった。これから大学で芸事を志すつもりだし一応なんとなく行っとこうかな、くらいの気持ちだった。そこで死ぬほど心を奪われた絵があり、物販でポストカードを購入して帰った。その絵は、公園のシーソーの両端の地面がくぼんで、そこにできた水たまりに青空が映っているというものだった。ちなみにそのポストカードは、大切にとっておいたのにどこかへ紛失してしまった。当時の私には美術の素養など1ミリもなく、日本画と洋画の違いもわかっていなかった(今も多分あんまりわかってない)。

今回の日展では、日本画・洋画・彫刻・工芸・書 の5つの分野の作品たちが展示されていた。順路通りに進むとたまたま最初が日本画と洋画だった。最初は作品の大きさにひたすら圧倒された。私の身長、約150cm×150cm、をゆうに超えるデカさの絵。そのうちに、大森靖子の「展覧会の絵」という曲の歌詞【展覧会に飾る絵はこれが私の人生だっていうつもり】を思い出した。みんなそんなつもりで描いてるんだ。絵を眺めて、そんなふうに感じた。どんなきっかけがあってこの絵を描いたんだろう? どのくらい時間がかかったんだろう? 完成したときどんな気持ちだったんだろう? ここにはたくさんの人生が、壁に並んで飾られている。すべてが堂々としている。すごい。すごい。ホントすごいなあ。

とあるクジャクの絵を見ていた。描かれた3羽のクジャクは尾羽を閉じていながらもとても美しい色味と佇まいで、そういえばクジャクってきれいな鳥だよなあと思い出した。すると偶然そこでスタッフの方の作品解説が始まった(マイク結構うるさかった)。その絵を描いた神保さんという方は、クジャクを40年ずっと描き続けているらしい(ちなみに私の中学校の時の理科の先生のお父さんらしいことが判明。つまり相当おじいちゃん)。クジャク一筋40年。すごい。何かきっかけがあって、クジャクに魅入られたのだろうか。でもこの絵をみていると、クジャクにゾッコンになる気持ち、わからなくもない。クジャクが神保さんの人生そのものなのかもしれない。すごい。そしてクジャクきれい。クジャクかわいい。すごい。

 

しかし、私はどうにも美術に明るくない。作品を鑑賞しながらも、くだらないことばかり考えてしまう。脳みそが豆腐でできているので仕方がない。とても悲しい。たとえば

 

(裸婦が描かれてる絵って、やっぱ裸の女の人見ながら描いたんよな? 作者は……男だ、そしたらやっぱこのあと滅茶苦茶えっちなことしたんかな!? だったらヤベー! 裸婦の絵すべてエロく見えるわー! それともすでに妻とかかな? ていうかなんでこういうマジメな絵って裸の人間ばっか描きがちなん? エロ? エロなん? やっぱエロいとみんな見てくれるからなん?)

(うわーーーーようわからんけどこの木のオブジェめちゃツヤっツヤのスベっスベやんけーー触りたい触りたい触りたい触りたい触りたい)

(こんなグチャグチャの絵、私でも描けそうなんやけど! ギャハハ!!)

(この彫刻のネーチャンおっぱいの形キレイやなー!あの青年ちんちん小せえー!モデルの人大丈夫?? 主に人権とか大丈夫???)

(この木彫りの女の人、服着とるのに明らかに乳首立っとるよなあ……とんがっとるし…明らかにそういう彫り方だよなあ……なんで乳首強調したんやろ……作者のフェチかな…ブラくらいさせてやって……)

 

馬鹿を自ら露呈している感は否めないが、以上のような感想を持ちながらとても楽しく鑑賞した。アートなんて発信側の手を離れた時点で勝手にどんな姿にでもなるのだ、そして受け取り方は人それぞれなのだ。

そう、絵や工芸や彫刻は、まだ楽しく鑑賞することができた。しかし書作品。だめだった。まったくわからない。何がわからないのか。まず、何が書いてあるのかがわからない。作品タイトルを見てある程度は推し測れるが、基本的に作品の文字が読めない。次に、作品の何を見ればいいのかがわからない。仕方がないので額縁を見ていた。掛け軸は「掛け軸だなあ」と思いながら見た。そして最後に、何をもって優劣がつけられているのかがわからない。この日展では、各作品の、タイトルと作者が書かれたやつ(キャプション?ていうやつ?)の横に、たまに金色の紙があって、それには「特選」とか「東京都知事賞」とか「文部科学大臣賞」とか書いてある。そういうのは、ある程度評価されてると考えていいのだと思って、そう思いながら見たが、書作品だけは、やっぱり何がすごいのかがわからない。悲しい。素養がない。とても悲しい。

しかし、何かに詳しくなるということは、その対象をフラットに、混じり気のない純粋な心で見つめることはできなくなるということなのだ。それを思うと、私はおっぱいやちんちんのことを考えながら鑑賞するのが結局いちばんいいのかもしれない。

 

また図書館も行った。

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この他にあと4冊ある。前回に借りた本たちは、全然読みきれないまま期限が来てしまった。しかし懲りずにまた大量に借りてきてしまった。今回は、なんといっても華氏451度、ずっと読みたかったから念願叶って嬉しい。しかし、昨日借りてきた本たちを家のリビングに放置していたら「お前がどんな本を読んどるんかと思って、ちょっと手に取ってみた」という父が「あの黒と赤の文庫本、数字のタイトルのやつ(華氏451度のこと)、1行目読んでもう読む気なくした」とのことだった。まだ読んでない1ページ目をひらくと、1行目は『火を燃やすのは愉しかった。』だった。なぜだ。まさにこの物語を象徴する(あ、未読だけど一応あらすじは知ってるよ!)、めちゃワクワクする書き出しやんけ。なんでだよ父ちゃん。

いのち

家の前にスズメの雛が落ちていた。昨日の夕方、父が発見した。まだ生きていた。家の屋根の瓦の中に巣を作っていて、どうもそこから落ちてしまったらしい。小さく切ったタオルを巣の近くの瓦に噛ませて、その上に雛を戻してやった。今日の午前中までは、小さくではあるが両手(?)をぱたぱた動かしているのが確認できたらしい。

さっき布団に入ってから、どうも外の風の音が気になり、干した洗濯物が飛んでいかないか不安になって起きた。まだ起きていた父に洗濯物を取りに行くと言うと、父はスズメのことを気にかけて、外へついてきた。屋根まで届く脚立を出してきて確認した父は「だめだった」。雛は死んでいた。

私も父も悲しい気持ちになった。特に父はとても悲しそうだった。でも、ヘビとかに食べられてしまうよりは良かったんじゃないか、という結論に至った。明日、土に埋めてやる。

雛のことを、心の中で「小さないのち」と思っていた。でも、いのちに大きいも小さいもない。たぶん。父は「もっとああしてれば生きてたかも」と悔やんでいるが、すべてが運命として定まっていたことなら、ちょっと神様いじわるだなぁと思う。こんな悲しい結末になるなら、せめて私たちを出会わせないでほしかった。それでも、私たちの知らないところでこんなふうに簡単にいのちは消えていく。でもみんな絶対、生きるのに必死だ。人間も鳥も同じ、いのちの塊だ。いのちとして生まれた以上は生きなきゃいけない。生きるのに必死で、それでも、どうしても、抗えないときにいのちは終わるんだと思った。抗えないとき。人の都合とか、自然の力。スズメの雛は、自然の力に抗えなかったんだと思う。たまたま。でも、助けてあげられなくってごめんね。

 

なんか、私しっかり生きていなきゃなと思った。

 

 

 

夜中、眠れなくて、ちょっとショックで、なんとなく、忘れたくないなと思って書いた。ヤマもオチもない文章