無限ワンアップ・改

さゆゆだよお

遺族のタイムライン

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★Day 1

「もう長くない」から「そろそろヤバイ」になるまでが早かった本当に早かった。急だった。
《座敷きれいに片付けといて。とりあえずは、じいちゃんが病院からいつ帰ってきてもいい状態にしとかんなん。仏壇の前も》嘘でしょそんな……。そんで座敷をとりあえずで掃除機かけてたら、訃報。早い。ちょっと待ってくれ。しかし泣いている暇はない、座敷の片付け続行。じいちゃんがやっと病院からうちに帰ってこられる。仏壇もひらく。拭く。
近しい場所に住んでいる親族が続々とやってくる。連絡がまわったんだ、ありがたい。でも誰が何なのか全然わからん。勝手に台所入られるのすごいヤなんだけどこの口うるさいババアは、じいちゃんから見て、そして私から見て何なんだ?家系図ほしい。ていうか名乗って〜。でもとりあえず今はいちいちそんなん尋ねてる場合じゃない。まあとりあえず親族なんだろう。父ちゃんとばあちゃんが帰ってきたら聞こう。
あ、神棚は見えないように隠すんだなこういう時……へえ……。ていうかそのためのデカい布をばあちゃんきちんと用意してて、それがすごい。
葬儀屋さんが登場。床の間、掛け軸も置物も撤去撤去撤去!
そしてじいちゃんが無言の帰宅。顔も手足も白い。あ〜〜〜〜ホントに死んじゃったんだ。あああ。あああああああ。

 

 

★Day 2

起きると目玉焼きが作ってあった。あれ、精進料理って肉と魚はダメで、タマゴはアリなんだっけ……?
「母さん、タマゴってNGじゃない?精進料理的な意味で」「うっそ」「待って今ググる」NGやんけ。「ごめーん殺生してないモンなら食べていいもんやと思った〜」しかしつくったものを捨てるわけにもいかないから食べた。母のテヘペロ、じいちゃんごめん

「そんで、明日がお通夜で、明後日お葬式だよね?礼服どこだっけ」「いや、日曜が葬式できんがよ。友引だから。もう1日延びる」「アーなるほど……」こういうことでもなければコヨミとか普段まったく気にしない。こないだ久しぶり会った先輩はわりと気にするよみたいな話してた、引越しの日とか。冠婚葬祭以外で考えたこともないや。

私は夕方から歯医者の予約してた。けど、これは、こんなときは、歯医者に行ってる場合なのか?まあ今は手すきだし、いいかなあ……
「おーい。さゆりもうすぐ歯医者やろ。俺が車出すちゃ」「え、いいが?カッパ着てチャリで行くつもりでおったんだけど」「いいよ、今ちょうど手あいたから」「ヤッターありがとーってかまだ居間で父さんたち話しとんがやろ?兄貴抜けてきてよかったんけ?」「なんか、さっきから遺産の話?始まったから」「イサン」「遺産の相続とか」「イサンのソーゾク……」

歯を削ってプラスチックを詰めて、違和感ないように形を整えてもらう。歯医者さんもそうだし、葬儀屋さんもだけど、プロってすごい。普段ふれる職業の人もすごいしプロだけど、普段あんまりふれない職業の人と関わったときに特に思う。プロってすごい!

 

 

★Day 3

親族がモリモリとうちに来ていくんだけど、とにかく続柄がわからない。
「あの幼女ってどこの子?」「あれはばあちゃんの兄の、あ、もう亡くなっとられるけど、そのお兄さんのそこの家の息子さんとその奥さんの子」「へえ〜」

「今うちに出入りしたり手伝ってくれたりしとる親族の人らって、どこの人らなん?家系図書いてよ」「そうやね、ちょっと書いてみるわ」

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まあまあわかった

あと「ユカリちゃんやね。大きくなったねえ」と親族にそこそこ名前を間違われる。サユリって名前になって27年経過してるけどまだ間違うかなあ。そういえばお年玉のポチ袋にも「ゆかりちゃんへ」って書かれてたことが結構ある。サユリとユカリってそんなに似てるかな。似てるかもな。

座敷に横たわるじいちゃんのすぐそこに座り込んで、ボケーッと考える。でもほとんどわからない。ハテナマークばっかり。
じいちゃん、本当に死んでしもた。あんまり苦しまずにいけたとのことだったから良かったけど、それでもやっぱり少し苦しかったんかな。死ぬのって怖かったかな。
私のことどう思ってただろう。孫。子どもの子ども。わからなすぎる。子どもすらいたことがない私にとっては途方もなく遠い世界。孫がいるってどんな気持ちなんだろう。

 


★Day 4

昼ごはん(もちろん精進料理)食べながら見てたテレビで、蒙古タンメンの特集。
「うまそー」「東京にあるがやろ?さゆり東京おったとき食べたことなかったん?」「なかったんよね」「セブンにカップ麺あるよね」「マジ?」「なんかチーズ入れて食べたらおいしいらしい」「やりたいなそれ」

納棺、出棺、からの、お通夜。礼服着た自分は老けて見える。というか年齢を感じる。すごく。納棺は、葬儀屋さんってプロだなーって感じ。仕事ではあるけど、死体にめちゃくちゃ触るのってどんな気持ちなんだろう。仕事以上でも仕事以下でもないか。
麻雀牌もパチンコ玉も燃えないから、結局花札を入れた。じいちゃんの体の上に絵柄の札がたくさん散って、すごく風流だった。インスタ映え、インスタ映えするよじいちゃん。
お通夜はたくさんの人がきた。本当にたくさん。斎場のキャパオーバー気味だった。ありがたい話だホント。中学校のときに数学を教えてもらってた先生と理科を教えてもらってた先生と学年主任だった先生が来てくださった(父の仕事関係者)。久しぶり……。
喪主である父の挨拶(スピーチ)がパーフェクトだった。参列者様への感謝の気持ちと、在りし日のじいちゃんの様子と、きっちりハッキリと喋る。
斎場で親族で軽めの会食、祖母と父と兄が斎場に泊まって残りメンバーは帰宅。シンゴジラやってるけど見ない。

 

 

★Day 5

葬式。朝早いから不安だったけど起きれた、やればできるじゃん。
喪主である父のスピーチは、さすがに声をつまらせていた。昨日だいぶ気丈に振る舞ってたんだなあと思う。
バス、タクシー、霊柩車で火葬場に向かう。火葬場ではさすがに泣けた。お別れのタイミングってたくさんあって、入院したとき、もう喋れなくなったとき、ご臨終を告げられた時、お棺に入るとき、いろいろあったけど、最後の最後の本当のお別れって肉体が燃えるタイミングかもしれない。
そんで斎場に戻ったらすぐ初七日法要をやってしまう。この地域だけかなあ。それにしても効率厨だよなあ。終わったら、親族で会食。献杯。食べれるものが全然ない私は食わず嫌いを早急にどうにかすべきだと思う。恥ずかしい。
時間がきたので火葬場にまた戻って、骨になったじいちゃんとご対面。そして納骨。焼け残った全部の骨を納める。母の実家のほうでは部分納骨で、骨壷に入りきらない骨は処分しちゃう流れだったはず。まず骨壷小さかったし。地域差、おもしろい。

帰宅したら、またお寺さんが来てくださって、お経をあげてもらう。そしてお寺さん帰って………

やーっとひと息……!かと思いきや、すぐに香典開きを開始。結構ある、ありがたいことに結構あるぞ香典。

「さゆりのパソコンって使える?」「一応。OSはvistaやけど」「とりあえずExcel使えりゃいいから」「なるほど!」
SEの兄、さすがです。香典の通し番号、名前、所属もしくは住所、金額を表にしてあっという間にまとめてしまう。
「あーークソっクソ」「ごめん、vistaちゃんに文句は言わんであげて」「違う、IMEに文句言うとる」「何それ」「変換のやつよ。侑って字ユウで変換出てこんとかさ」「あ、その字アツムで変換したら出るよ」「お!出た!」

通し番号31番のがない!探せー!(探す)ない!なんで?「いや、ここの受付してくださったんうちの班(うちの地区には地区内でさらに班という単位があり、回覧板は班ごとに回すし通夜葬儀の受付を手伝ったりし合う)のじじばばだから、ちょっとボケて書き飛ばしたがやろ」

「職場関係」「終わった」「地区」「終わった」「親族・一般」「終わったー!」
「こっちもExcelの入力全部終わっとるよ」「おおさすが」「じゃあ次は?」「手書きのやつと入力したのやつ一応読み合わせせんといけんくない?」「印刷印刷ー」「何言っとんがけ今うちプリンタ死んどんにけ」「俺明日職場で刷ってくるわ」「え〜〜今日中に終わらせときたい〜〜〜〜」「セブンで刷れるよ?PDFにすれば」「マジか」「PDFにしたやつを、USBに入れてコピー機に持ってくがよ。あたしプリンタ壊れてから大学のレポートいつもセブンで刷っとったもん」「じゃあ今からチャチャっとセブン行ってくっかー」

「ほらここに、USBとかいろいろ、さすとこあるやろ?」「へーーーー。便利やな」ウィーンガーーウィーンガーーウィーンガーー
「あ、めっちゃあんにけ蒙古タンメンのやつ。何個買ってく?」「4つくらい?」ヒョイヒョイヒョイ「あとねなんかチーズ入れたらめちゃおいしいらしい」
「あと今日なにげに月曜だからジャンプも!おおラス1やん!」
「もうひと頑張りだからみんな食べる用にじゃがりこ1コ買ってこ」「いやいやいや肉じゃが味はダメやろ(精進料理的な意味で)」「まじだwwwwwwww」サラダ味をチョイス

「95番、5千」はい。「96番、5千。」はい。「97番、3千。」はい。「終わり!」終わりー!
「職場関係終わり」「地区のも。親族・一般のも終わった!」ヤッター!
「とりあえず今こっでいいで、あんたらごはん食べてこられ。ごはんと納豆くらいあろう」「母さんたちは?」「もうちょっとだで、あとは上のもんだけでやっとくちゃ」「お願いシャス」

「あ、さっき買った蒙古タンメン食べるか」「あれって肉入っとるかなあ」「入っとらんよ。こないだ夜勤の前コンビニで肉魚入ってないもん探してみたらねーそれは乾燥肉?っぽいやつは入っとらんっぽい」「「おお………」」
兄と私で蒙古タンメン中本カップ麺、いただく。メイン遺族が葬式の夜に食べるものとしては……まあいいか。
「チーズ入れたん、どうけ?」
「めっちゃヤバイ」

(蒙古タンメンってこんなに辛いんだ………)

 

 

 

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メイン遺族は大変だったという覚え書き。今回は、人が死ぬことについて、ソフト面よりハード面についてばっかりずっと考えた。
今日が9日目、やっとめちゃくちゃ泣いた。
これからじわじわと、悲しいとかさみしいとかが迫ってくるんだろうと思う。それはそれとして溺れてもいい。
四十九日までは気を引き締めていくぞ

神様はSNSをやらない

今月神様に会いにいくから、神様について書こうと思った。ので、書く。

 

私の神様は音楽家だ。存命人物で、今この瞬間もきっとバリバリ制作をしているかもしれない。

初めて神様を知ったのは「着うた」の配信サイトだった。つまりガラケーの全盛期だ。私は高校生だった。【期待の新人!】などとキャプションのついたアー写の画像。その下に、最新作のアルバムのリード曲の着うたがワンコーラス無料でDLできるリンク。
なんとも不思議な曲名に惹かれてそれをDLして聴いた。歌詞は抽象的なんだか文学的なんだか、私には全然わからなかったけど、漠然と「かっこいいな」と思った。何より歌のメロディーが気に入った。アーティスト名を覚えておかねば、と思ったのに、死ぬほど覚えにくい文字列だったからすぐに頭の中から消えた。
その週、夜に習慣的に聴いているラジオからその曲が流れてきた。不思議なタイトルで、歌詞よくわからんあの曲!そんで覚えられん名前のやつ!
YouTubeはまだ今ほど一般化してない時代だ。私が新しい音楽を知るのは、ラジオからか、ケーブルテレビの音楽専門チャンネルからだけだった。そんな中でも、強烈な存在感を示していた。

その後、神様はめでたくメジャーデビューとなる。
メジャーデビューのシングルの曲は、歌詞がめちゃくちゃわかりやすくなっていた。ポップだ。メジャーに行くにあたって大衆的というか優等生っぽくなったのかな?あの着うたの不思議なタイトルの曲とは結構違う。でも歌のメロディーは相変わらずとても素敵だと思った。
それから何枚かのシングルを経て発表されたファースト・フルアルバムを聴いてびっくりした。1曲目のイントロから、音が「ワル」なのだ。メジャーデビューで優等生になったんじゃなかったのか。歪みまくりのギターに、やたらうるさいドラム。そして「どうすんだよ、めちゃくちゃだぞ/平気な顔して、とんずら」という、バカでもわかる言葉でこのアルバムは幕を開ける。10曲収録されていて、すべて聴いたあと、「まるで人間が10人いるみたいだ」と思った。キレてたり、チャラかったり、のんびり屋だったり、お茶目だったりする。ただすべての共通点として、歌のメロディーがめちゃくちゃ良い。10人すべて同じ親から生まれたのだ。私はとにかく歌を気に入って、そして感銘を受けた。何度も口ずさむし、カラオケでも歌う。
ちなみに神様は2017年11月の現在までに6枚のフルアルバムをリリースしていて、それぞれに特色があるけど、私はこのファーストアルバムがいちばん好きだ。アルバムタイトルもジャケットもいちばんわかりやすい。

私が大学進学のために上京した年、神様は日比谷公園の野外音楽堂でワンマンライブを開催した。雨が降りそうでギリギリ降らなかったのをよく覚えている。
アンコールのときに、普段ライブでは全然喋らない神様が
「楽しいことを求めている人のもとには、必ず楽しいことが舞い降りてくる。そういうふうにできている。大丈夫」
と話した。ああ、この人をずっと追いかけたいと思った。
それから私が音楽活動を始めて、神様がかつて出演していた下北沢のとあるライブハウスのステージにようやく初めて立ったときには、神様は、とある有名な映画の主題歌を手がけていた。

そして今私がギターを置いても、神様は相変わらず快進撃を続けている。アニメの主題歌もよく担当するようになった。おそらく来年には7枚目のアルバムをリリースするだろう。

神様は、神様にいろんな矢印を向ける私たちに対して2層構造をとっている。
まず、基本的に神様は演奏中にピエロのような表情や動きをする。初めて神様を見る人の目には、それが異様というか、めちゃくちゃ面白くうつるらしい。だから神様がゴールデンタイムの歌番組に出た直後なんかは、神様の顔や姿でコラ画像・ネタ画像が作られているのを見たことがある。神様の作品なんか知らなくても、ライトな層はそうやって楽しむ。サビだけでも残れば御の字だ。
でもその道化フィルターの奥にある誠意や愛を、見破る人はちゃんと見破る。ちゃんと見つめてみれば詞も曲も一級品だ。演奏のアレンジだってテクニックだってすごい。
そして何より、音楽を愛する者に対してこの人は絶対にやさしいのだと。


以前、神様はTwitterの個人アカウントをもっていた。活動やライブの情報だけでなく日々の何気ないつぶやきや考えを投稿したり、制作途中の作品をチラ見せしたりもしていたけど、とりわけ「コミュニケーション」にTwitterを活用していたように思えた。フォロワーやファンから売られた喧嘩を文字通り「爆買い」していた記憶がある。コミュニケーション過多。血の気が多いのではなく、ただ真面目なのだ。
そして神様はTwitterをやめた。アカウントそのものを削除したのだ。それから神様は、(観測できる範囲内では)SNSの類を一切やっていない。あの人は賢いから、何か考えがあってのことだろう。でも、だから少なくともSNSでの発言によって私をがっかりさせることはない。完璧だ。安心して信仰できる。世に送り出してくれる作品と、年に何回かだけ更新されるオフィシャルサイトの長文ブログ、基本的にそれだけを、私たち信者は噛みしめて味がなくなってもまだ噛みしめて、幸せに浸る。あの人はこれからも永遠にSNSなんかやらなくていいのだ。必要ない。シェアもイイネもタグ付けも炎上も全部バカバカしい。そのままずっと完璧な神様でいてほしい。お金ならいくらでも積むから。

とは言ってみたものの、仮に神様がSNSを始めたとして、きっと私はどんな発言を見ても平気だし、嫌いになるわけなんかない。だって信仰ってそういうことでしょう。

今月、神様のライブにいく。本当に久しぶりだ。出会った頃JKだった私はアラサーになってしまったし、同じように神様もすっかりおじさんになっている。私があっち行ったりこっち行ったりいろんなことしてる間にも神様はずっとただ音楽を続けて、凡人には生み出せないキラキラやギラギラをたくさん装備してきた。それらを携えて、横浜アリーナ幕張メッセみたいに大きくないけど決して小さくはない会場で、神様は力の限りきっと最高に楽しいことを起こしてくれるに違いないのだ。だって楽しいことを求めている人のもとには必ず楽しいことが舞い降りてくるって言ってたから。めちゃくちゃ楽しみ。

朗読の採点とかいう無理ゲー

まず知らん人のために。説明しよう!
持ち時間3分間以内で、ステージで朗読や声によるパフォーマンスをして、観客の中からランダムに選ばれた審査員たちが10点満点でそのパフォーマンスを採点して勝敗をきめる っていう「ポエトリースラム」という競技?遊び?があるんです。なんか世界じゅうでも楽しまれてるんだって〜。で、それの日本大会「ポエトリースラムジャパン」ていうのがあります。私も一昨年に話芸の上手なお兄ちゃんに出てみなよーって紹介されて1回出場してみました。
それの、日本各地の地区大会を経ての、全国大会が先日あったそうなんですが、出場者のパフォーマンスにつけられた点数が低かったことに関して苦言を呈している、出場者のツイートやブログを見ました。


以上をふまえて、以下の文は、【こないだまで5年くらい弾き語りやバンドでライブ活動をやっていて朗読やポエトリー関係のイベントにもちょびっとだけ出演させてもらっていたよ】という一般人の声です。


そもそもアートや表現というものに一般ピープルが勝敗や優劣や点数をつけるのってめちゃくちゃ過激なことだなと個人的には思うけど、(まーでもたとえば集客数とか再生回数とか売り上げとかの大小、あと発言力のある批評家とか専門家とか知識人の好き勝手なウンチク、によって優劣がついてるっぽく見えるんだろうと思うよ)
そういう過激なことをされに自ら向かうわけでしょ出場者のひとたちは。めちゃたくましいじゃん。ヤベエじゃん。鋼のメンタルじゃん。まさに戦士じゃん。すごくすごいと思う。
そして、勝敗がつくからには勝ちたい。それはワカル。
でも本来はアートに優劣とかなくない? 超キレイゴトっぽいけど「みんな違ってみんないい」じゃん実際。それはもう絶対に絶対じゃん。だって誰の心に何が響くかはランダムだから。だから採点者も仕方なくランダムに選ぶんじゃないの? 知らんけど。

なんかさあ……たとえば、どうしても生理的に無理な語句(トラウマを想起させるとか)があって、朗読した作品の中にそれ含まれてたから低い点数つけちゃうっていう人とか、いるんじゃないかな〜っていうかそのくらい全然ある思ったけど。じゃあほかに、たとえば耳が遠い人は? 日本語わかんない人は? 子どもは? 客席にどんな人がいて誰が採点者に選ばれてどう評価されるかなんて本ッッッ当にわからないし、っていうか運の部分めちゃ大きいでしょ。でも、その結果がどんなにショッキングだったとしても、採点をdisするのって、採点者の感性をdisしてるんじゃんかよ〜。ちゃんとルールの枠の中からはみ出してないのであればそれが適切な結果なんじゃないの。どの立場がえらいとかじゃなくて、演者は人間、スタッフも人間、そして客も人間でしょ。

【客のレベルが低い】みたいなのもどっかで見た気がするぞー。気のせいかなー。う〜〜〜〜んと、私がその場にもしいたらとしたら、悲しすぎるぞ〜。
「オッ、友達が出てるから行こ!」って軽い気持ちで来てる人だっているよ。もしかしてだけど、客のすべてが出場者と同じくらいの重さの気持ちを持って会場に来てると思ってるのかな?緊張感とかプレッシャーとか。そんなことってありえる? まあでも、予選出場者とかパフォーマンス経験のある人たちとかいわゆる身内ばっかりで客および採点者が埋まるんだとしたらそういう雰囲気もありえるね(仮にそんなことがありえるとしたら個人的にはクソクソクソつまんねー場だなと思うけど)!さすがにそんなことはないでしょう
一見さんや軽い気持ちで来た客に対して、出場者がどんな思いで作品書いてどんな思いでステージに立ってるかまで推し量って点数つけろ!っていうのはヘビーすぎるよ〜。演者が背負ってるものホニャララ?そんなもん知ったこっちゃねーよ!全員等しく、持ち時間の3分間で起こったことがすべて……じゃないの?

あと【テキストそのもののクオリティに向き合ってほしい】(くだんのブログから引用)っていうのは、それは、つまり、
あえて本当にめちゃくちゃ乱暴な解釈で乱暴な言い方しますけど、
「テキストを理解できないバカは採点すんな」って解釈もOKでしょうか?曲解?被害妄想?でも私はバカ側の自覚があるから少なからずそう言われてるように感じて……。おまえに用はないというか。なんか、うん……それが発端で、だからこれ書いてるんですよ。おこだよ。結構おこなんですよ。ムカついてる。だからこれ書いてる。
「うわー私はじかれたー!」と思っちゃった。きっとテキスト以外をみちゃうから。バカなんですよ、だから「この人めちゃエモいしカッコイイ!」とか「この人はパッとしないな〜」くらいの知能で点数つけるしかできないんだけどダメなん? ダメ? ダメなら、客として参加することのハードルめちゃ高いじゃーんポエトリースラム。行けないよ。「うーん、この人、言ってることよくわかんねーし声小さくて退屈、あと服もダサい!良さを1ミリも感じない!」って気持ちで0点つけたら演者にキレられる、そういう世界ですか? そのくらいの感じで評価したらダメ? なんていうか…言ってること(テキスト)を理解するためのそれなりのリテラシー?とやらが必要なんですか? 何言ってるかわかるテキストはちゃんと何言ってるかわかるけどわからんやつは本当にわからんもんで……。でもそのくらいのバカ採点、あってもよくない? まあ服がダサいは極端な例だけど…ダメですか? 私はそういうのあったほうが断然おもしろくなるって思う。誰でも観にきていいよっていう形式をとってる以上、興行なんじゃん。詩人のひとたち頭かたくね?
来場者をふるいにかけて、パフォーマンスを「わかる」人しか来ないように仕向けるのは、純度の高いコミュニティをつくるんならめちゃくちゃ正しいんだと思うし内側の人もいろいろとやりやすいことでしょう。いやそれでいいんならいいんだろうけど。でもそれ外から見たら超閉鎖的だよー!

音声データや紙面を通してじゃなく生身の人間が生身の人間に対面してパフォーマンスしてみせるんだから、そこで何が起こるかわからなくて当たり前じゃん。緊急地震速報で客の携帯がいっせいに鳴るかもしれない。歓声もヤジも飛ぶかもしれない。火炎瓶も……さすがに飛ばないか。なんか友達は自分の朗読パフォーマンスのときにおっぱい出して逮捕されたらしいけど笑。でもそのくらい何でもありえるってば。それがライブじゃん。しかも演者から一方通行じゃなくて「採点」って形で客と演者の相互的なやりとりがあるんだもん、全国大会の平均点がどんなに高いのであろうと、低い採点くらいでどうして動揺がおこるのか不思議なんだけど

 


なんか先月に上野公園でやってた大きなイベント?ラッパーとか、谷川俊太郎も出てたやつ。Twitterでイベントのようす見て、めーーっちゃスゲー!って思った。大きな会場が本当にたくさんのお客さんで埋まってる写真が流れてきて「すごい!すごいなあ!朗読のイベントに足をはこぶ人ってこんなにいるんだ!そんなにヤバイことになってたんだ!これは、私もっと朗読のイベント観に行きたいかも!」と思った矢先だから、やっぱり敷居が高いのかなぁ〜っていう悲しみもあるです。まあ勝手に期待して勝手にがっかりしてるだけなんだけど。やっぱ閉鎖的になっちゃうのな。おーーいーー

言葉って無限の可能性あるじゃん、朗読はめちゃくちゃカッコよかったのにそれを活字で見たら意味不明てパターンもありえるし、朗読はダサいけどそれが詩集って形になったら一生の宝物にしたくなるパターンもありえる。だから言葉の表現って朗読がすべてではない、けど入口ではあるじゃん絶対。好きも嫌いも、カッコイイもダサいも、賞賛も苦情も、そんな二元論なんか超越したすごいヤバみも、とにかく受け手が心ふるわせるには、まずは見なきゃ、触れなきゃはじまらないのに。当たり前じゃん。まずは実際にパフォーマンスをみて、話はそれからじゃん、それなのに、それなのに、それをさあ、はじかれた客はそこにすら至らねーーーーんだよ!

スプラトゥーンよさげ

‪こないだ、スプラトゥーン、人がプレイしてるのを初めて見た。イカのキャラクターがなんかやるっていう程度の知識しかなかったけど、あれいいですね、何がいいってインクを塗り合うっていうアイデア。一見すると健全で、イイネと思いました。たとえばスマブラなんかは、(アイテムの使用もあるけど)基本的には相手を殴る蹴るなどして場外に追放したら勝ちっていうスタイルの戦いだから。肉弾戦というか、ダイレクトというか。そうじゃなくて、スプラトゥーンはインクでやり合うんだよね。肉弾戦ではないにしても、銃でバンバン撃ち合うとかよりずっと健全で、良くないですか保護者的には。知らんけど。でも実際のところスプラトゥーンも男子小学生とかあたりは「死ねっ!」て言いながらプレイしてるんだろうなと思う。どうだろ。私の家は、口にしたら問答無用で父にブン殴られるという法律が敷かれていたから、たとえどんなシチュエーションであろうとも【死ね】と【殺す】だけは兄も私も弟も絶対に言えませんでした。父がその場にいないときも、そういう系のゲームをやりながら感情がたかぶったときも当然タブー。だから兄や私や弟の友達がうちに遊びにきてスマブラやるときなんかも、友達が「死ね!」って言いながらピコピコハンマーでキャラクターを吹っ飛ばすの見ながら私たち兄弟は内心ビクビクしてた。まあその抑圧されてたやつの反動で大人になった今Twitterに死ねとか殺すとかめちゃくちゃ軽率に書いちゃうのかもしれない私は。父の敷いた法律は正しかったと今も思ってるけど、でも私も、死ねー!って叫びながらあの頃スマブラやってみたかったなあ。‬

オリジナルなカラーとは

「片山さん、どうぞ」と呼ばれるのを絶対に聞き逃してはいけない(呼ばれてるのにボヤボヤしてたらわりと軽率に診察を後回しにされる)から、ちゃんと片耳は外したイヤホンで聴く堂本剛の名曲ORIGINAL COLOR、素晴らしい間奏のギターソロに浸りながら髪の毛を抜いて足元にポイしていたら、少し距離をあけて隣に座っている男性が「この前入院しとったん、退院したん」とデカい声でひとりごとを言うのが聞こえた。こういう類の病院にいるキチガイ特有の、輪郭のはっきりしない喋り方だった。連中は何を考えているのかわからない。一般人には推しはかることがむずかしい。そして運が悪いと何をしてくるかもわからない。目が合うだけで何かが起こるかもしれない。初代ポケモンのピッピのワザ「ゆびをふる」みたいな感じ。何が起こるかわからない。だから絶対に視線をそちらに動かさないように手元の愛フォンを見つめる。
数秒経って、それはひとりごとではなく私に向けられたものだということに気がついた。そういえば私は先月の入院中に病棟の談話室でずっと髪の毛を抜いていた午後があった、看護師さんに見つかって強制終了になったけど。左手で文庫本をひらいて、右手で髪の毛を抜いては、テーブルにそれを黒々と積みあげていた。もしかしてこの人は同じ時期に同じ病棟にいて、その光景を目にしていた?それでさっき頭に右手をやる仕草を見てその時の私の姿を思い出した? 外来診療の今、入院中と服装も髪型も全然違うし化粧だってしてるのに、わかるものなのか。抜毛ってそんなに印象的な行為なのか。悲しい。やめたい。あと本当にごめんだけどおたくが私のこと知ってようとも私おたくのこと知らない。ごめん。怖い。
ほらオリジナルなカラーで、そうだオリジナルなカラーで、と堂本剛が歌う。これは「自分らしさ大切だよね」「みんなそれぞれの色があるよね」みたいな、メッセージ性の強い歌なのだと捉えている。ただ、サビの歌詞で「海の碧からくすねた優しさ 喜んでくれるかな 緑が好きだって云って買わされたシャツ」とあって、(私は沖縄の海みたいな色を想像するけど)そんなきれいな色の人間がいるなら会ってみたいと思う。キレイだな〜と思った色を手当たり次第に混ぜた私のオリジナルなカラーは、現在のところ目もあてられないような汚い色になっている。汚い。あと生臭い。色にニオイはないけど絶対生臭いと思う。でも、そんな色に対して「深みがあってイイネ!」などとわけのわからないことを言う人がたまにいて、だから生きていける。実際に、オリジナルなカラーがまるでドブなのにどうにも魅力的で仕方ない人、たくさん思いつく。
剛が終わって次に流れる曲を待っていたら、少しの無音のあと死ぬほど稚拙な演奏が始まった。ひとりで音楽をやるようになるよりも前にやっていたバンドのスタジオ練習の音源だった。ベースとボーカルを担当していた。私は普段、iPodに入っている音源すべて約2000曲をシャッフル再生しているから、いわばこれもピッピの「ゆびをふる」と同じで、何度も繰り返し聴いたようなお気に入りも出ればこういうスーパークソハズレも出る。どうせ毎回飛ばしてしまうんだから消せばいいのに、なんとなくそれはできない。死ぬほど稚拙なイントロが終わって死ぬほど稚拙な自分の歌が始まってしまう前に慌てて次の曲にいく。でんぱ組だ。これなら聴ける。ただ、精神科の待合室というシチュエーションには不似合いにもほどがある。作曲者のヒャダインもこんなところで聴かれることを想定して曲作りは(多分)しない。心を病んでいる人に対して「グリグリ ハングリーに勝ちにいけ!」という歌い出しは酷だ。
隣の男性が名前を呼ばれて診察室に入っていった。この人、私より絶対遅くに来たのに、なんで私より先なんだろう。
とりあえず、足元にポイしてた髪の毛を1本も残さず拾い集めてゴミ箱に捨ててきた。片山さんは、まだ呼ばれない……

閉鎖病棟に入院してきた

先月うまれてはじめて「閉鎖病棟」に入院してきたときのことを、いろいろ忘れないうちに書き残しておきます。結論からいうと二度と行きたくないです。

 

 

【あらすじ】


当方20代女性。もともと強迫性障害を長年患っていて、それがこじれにこじれた結果、アルコールや薬の乱用および依存につながってしまった。およそ1か月かけて状況は急激に悪化し、もうダメだと見かねた主治医と家族と本人(私)の相談により入院が決定。入るのが閉鎖病棟だということを事前に聞かされていなかったため、いざ入院する病院を訪ねた当日その事実をはじめて知り、その時ようやく、心から「帰りたい」と思ったのであった。続く

 

 

閉鎖病棟のルール】

 

・持ち込んではいけないものがあり、入院時や病棟から出入りする際に荷物をくまなくチェックされる。ペンケースの中まで確認された。具体的には
危険物(カミソリやハサミやカッターなどの刃物、爪切り、針、ライター、ガラス製品、鏡など)。
電化製品(携帯、パソコン、ゲーム機、ドライヤーなど)。

・そう、携帯パソコンは持ち込み禁止。

・持ち込むコップはプラスチック製という指定がある。

・現金は、自分で管理するのが難しい場合は病院側で管理してくれる。

・外出するには事前に主治医の許可が必要。

・病院内の売店に行くときは、病棟から出ることになるため、看護師さんが必ず1人同伴していなければならない。

 


【施設について】

 

・病棟のベッドは60床だった。

・病棟の出入り口は1か所で、扉が二重になっている。もちろんどちらも鍵がかかっていて、職員さんのIDカードでタッチしない限り開かない。

・病室の窓は15cmしか開かない。

・基本的には4人部屋。2人部屋、1人部屋もあるけど別途でちょっと料金がかかる。

・病室には、それぞれにベッド、机と椅子、鍵付きの棚と引き出しがあるだけ。普通の病棟のように個々人のテレビや冷蔵庫などはない。

・食堂兼談話室にお茶のポットがあり、自由に飲める。一応飲み物の自販機も1台ある。冷たいものが飲みたいときは自販機で買うしかない。

・携帯もパソコンも持ち込み禁止で、連絡手段として病棟内に公衆電話が1台だけある。

 


【1日の流れ】

 

6:00 起床。
7:20 朝食。
8:30 検温。
9:30〜 入浴。
11:30 昼食。
13:30 ラジオ体操。
17:30 夕食。
20:30 就寝前の薬の配布。
21:00 消灯。

 

6:00 起床
「おはようございまーす」と強制的に病室の電気がつけられる。私は大体このタイミングで目が覚めてたけど、早起きの患者はそれよりも前から廊下を徘徊してたりする。でも私は実際は朝食まで二度寝して朝食後に歯みがきと洗顔してた……

 

7:20 朝食
食堂 兼 談話室 のような場所があり、食事はそこで1人ずつのトレーが配られる。食堂で食べても病室に持ち帰って食べても良い。広くて明るいから私は食堂で食べてた(席数に限りがあるためどうしても他患者と相席テーブルになるけど)。すべてのトレーにはそれぞれ患者のネームプレートが乗っていて、取りに来なかったらバレる。メニューは基本的にはみんな同じだけど、アレルギーがある患者や高齢者で柔らかいものしか食べられない患者はちゃんとそういう仕様になっている。
基本的にあんまりおいしくないので箸が進まない。私はチェックされてなかったけど、食事や栄養状態に問題のある患者(たぶん摂食障害の患者さんとか)はどれだけ食べたかを毎回看護師さんに記録されてたみたい。
食後の薬がある患者は受け取って飲む。

 

8:30 検温
病室に看護師さんが2〜3人でやってきて、健康状態の確認。体温はかって、脈もはかって、血圧はかるひとは血圧はかる。
昨日のトイレの回数を大小それぞれ聞かれる。調子はどうか、何か不安なことはないか、なども聞かれる。

 

9:30〜 入浴
お風呂は曜日固定で週に3回。あんまり広くはないけど病棟内に浴室がある。シャワーは5か所で、一応つかる湯船もある。順番がきたら看護師さんが呼びにきてくれるので、順番に入浴。介助が必要なおばあちゃんもいるから、脱衣所にはスタッフさんが常に誰かしらいる。

 

11:30 昼食
朝と同じ。

 

13:30 ラジオ体操
毎日ある。自由参加。ピンポーンと放送が流れて「ラジオ体操をします。よければご参加ください」と。看護師さんがラジカセを持ってきて、廊下でCDを爆音で流して、みんな廊下で体操する。私は1回だけ参加したけど、参加率はどう見ても半分未満。

 

17:30 夕食
食堂のテレビ(チャンネル争いを避けるため2台ある)はどちらも夕方のニュース。

 

20:30 就寝前の薬の配布
ナースステーション前で、就寝前服用の薬が配られる。もちろん就寝前の薬がない患者もいる。患者がお茶の入ったコップを持って並び、順番に看護師さんから受け取って飲む。たぶん眠剤とかが多いんだと思う。私は薬のタイミングは就寝前だけだから、忘れずに並んで受け取って飲む。

 

21:00 消灯
「おやすみなさーい」と強制的に病室の電気が消される。一応ここで1日は終わり。
しかし消灯後も眠れない患者はナースステーションに行って不眠時の頓服薬をもらったりする(そういうことはザラみたい)。私は入院初日だけはなかなか眠れなくて、見回りにきた看護師さんが察してくれて頓服くれた。

 

これ以外の時間は基本的に何をしてても自由。ただ、治療のプログラムとして「作業療法(手芸とかしてるらしい)」や「アルコール教室(アル中の患者向けの何かだと思う)」なんかがあって、それに参加してる患者も多い。あとは先生の診察があったり、ソーシャルワーカーさんや心理士さんと面談したり。
あと、曜日固定で食堂で自由参加のレクリエーションみたいなやつがあって、カラオケ大会の日もあればDVD鑑賞の日もあった。

1日の流れだけ見てみると普通の病棟とあんまり変わらなそうな感じがするかも……

 


【患者】

 

とりあえず中年〜高齢者が多かった。若い人が結構いると思ってたからびっくりした。10代20代なんて全然いなかった。
私のいた病棟は、基本的には危害をくわえてきたりする患者はいない。そういうマジのヤバ患者は多分また別の病棟にいる。でも、危害は加えてこないでも、やたらひとりごとが多かったりテンションがおかしい気味の人間はゴロゴロいる。
具体的には(少しフェイク入れてます)、

・歩数を声に出して数えながらずっと病棟の廊下を往復し続けている少年
・廊下に座り込んで音楽プレーヤーでコブクロを聴きながら歌ってるばあちゃん
・毎晩必ず廊下で寝ようと試みるじいちゃん
・一日中洗面所の鏡の前に立ってる女性
・毎日ナースステーション前で「リスパダール(頓服の安定剤)ちょうだい!ねえ!ちょうだい!」って大声出してたおばちゃん

他にも、うまく言葉にできないんだけど「なんか様子がおかしい」という人がたくさんいた。うまく言葉にできないおかしさ。患者さん見ててそれがいちばん奇妙だった。もちろん、そうでない人もいた。はたから見て「一体この人はどこが悪くてここに入院しているんだろう?全然普通じゃん」と思うような患者さんもたくさんいた。まあ、はたから見てわからないようなところが調子悪いから入院してるんだろうけど…
先生いわく、みんな大体3か月以内には退院していくけど、長いと半年以上ずっと入院してる患者もいるらしい。
あと患者どうしで仲のいいグループみたいなのもあるように見えた。食堂でトランプとかオセロとかしてた。私は心の余裕なかったし友達などは特にできなかった。

 


【私個人の感想など】

 

・入院の形態(?)には大きくわけて2種類あって、患者自身が同意のうえ入院するor患者の意思関係なく強制的に入院になる のどちらかで、今回の私は前者。
・で、私のいた病棟は、その割合は6:4らしい。つまり4割の患者さんは強制入院でそこにいたということ。
・環境の変化に弱いタチだから、入院して3日くらいは「急にこんなところに飛び込んでしまって呆然」って感じで過ぎてった。わけがわからないまま呆然としてたら3日過ぎてた。
・3日経って慣れてきたら、あとはもう「帰りたい」の一心だった。ひたすらそれ。
・もちろん4人部屋だった。たまたま同室はひとりごとが多い人たちだったから最初はめちゃくちゃ怖かった。
作業療法など各種プログラムに一切参加していなかったため、時間がとにかく有り余っていた。基本的に読書をしていた。
・あと音楽プレーヤーは持ち込みOKだったから、とにかく読書と音楽にすがりついて正気を保ってた。
・入院の原因となった酒&薬物をキッパリ絶ったことよる幻覚や幻聴や禁断症状などは特に出なかった。
・病棟から自由に出られないから、やっぱり「閉じ込められている」という感覚が強く、どうしても払拭できなかった。
・ごはんがあんまり美味しくなかったからほぼ毎食残してたら少し痩せた。(ヤッター)
・どんなに歩き回っても同じ景色しか見えないのが一番しんどかった。せめて病棟を出て病院内や敷地内を散歩できたらいいのに。
・孤独感が強かった。公衆電話あるとはいえ携帯もパソコンも奪われると、普段どれだけ通信端末に依存してるかがわかった。
・とりあえず入院してれば心身に何かあってもすぐに対応できるから、薬を変えたりいろいろ試してみたりできる。その点は通院治療では無理だし、入院して良かった。

 

やっぱり「閉じ込められている」という認識がどうしても払拭できなくて、漠然と「ずっとここにいたら気が狂う」と思った。実際ちょっと狂いかけた。ちなみに主治医の先生に「ここにいると頭がおかしくなりそうで怖い。早く家に帰りたい」と伝えると「そう思うのが普通だから大丈夫」と言われた。
でも、ここにいる人たちは、もしかすると 外の世界にいるほうが頭が狂いそうになるからここにきたのかもしれない と思った。閉鎖病棟ってそもそもそういう人たちのための施設かも。
もっと、鉄格子だとか鍵のかかった病室だとかそういう暗くて怖い刑務所みたいなのを想像してたけど、思ったより明るくて風通しの良いところだった。


でも、二度と行きたくない……

これから死ぬまで疎遠でいよう

歯の痛みが止まらないのに不幸にも自宅に鎮痛剤がなくて、諸事情により飲めるまで最低でもあと大体90分あってもう耐えられないから気を紛らわすために久しぶりに長い文章を書きます。
こないだ母が会社の旅行で行ってきたおそらく長野らへんのお土産のりんごハイチュウを食べていたら古い歯の詰め物が取れた(そのぐらい予想できることだったのに定期的にくる「ハイチュウ欲」に負けた)。取れたものはいつ詰めたかも忘れたくらい古かった。金属なのにところどころ削れていた。それで仕方なく何年ぶりかに歯医者に行った。先生が森本レオみたいで優しい、中学生の時からかかりつけの地元の歯医者だった。そしたら、診てもらった結果なんかめっちゃ虫歯あることが判明した。嘘やんけと思った。先生は森本レオの口調(ショムニの課長)で悲しい宣告をして私の心をバキバキに折った。結構ショックだった。これからの治療の日々を思ってどんよりと気が重くなった。
歯医者行く前は「歯医者怖いなあ」と思い、歯医者で処置されてる最中は視界の端にきらきら光る器具をとらえては「歯医者ってやっぱり怖いなあ」と思い、歯医者を出たあと「歯医者怖かったなあ」と思った。つまるところ終始怖かった。私は、漠然と、大人になったら歯医者は怖くなくなるものだと思っていた。だからその理屈でいくとその日27歳の私はまだ大人ではないということだった。絶望。
明日の通院では(予定では)1か所だけ神経を抜く。昨日までは歯医者行くの嫌だな〜と思っていた、それなのに今朝からの歯の痛みが歯医者の怖さを余裕で上回ったため一刻も早くどうにかしたくて心から歯医者を求めている自分に気づいた。痛い。4錠出されていた鎮痛剤はもう飲みきっている。痛い。私は無力です、だから医療の力で助けてください。麻酔バンバン打って、きらきらの尖った器具で病んだ歯を容赦なく削ってください。助けてください。お願いします。今この瞬間は、歯医者を怖いとは思ってない。だってそれどころじゃないから。歯医者は救済の施設へと姿を変えた。そして通院日は、何本もある虫歯をすべて根絶するゴールまでの大切なセーブポイントだ。医療機関って本来そういうもんかもしれない。助けてくれるのに怖がったりしてごめんなさい。痛い。

 

それで、痛くて、どっかにバファリンでもなかったもんかよと家中を探していると、部屋から抗精神薬がたくさん出てきた。ウワァと声が出た。そういえば持ってたんだった。私はこないだ精神病棟に入院していてその原因のひとつには薬物の乱用があって、まあいろいろじゅうぶん懲りたし、もう変な気を起こすことはないつもりではいるけど、でも、これは今すぐに処分しようと思った。それも絶対に取り返しのつかない形で。今すぐに。
インスタ映えを狙って家の裏の畑で燃やそうと思ったけど火の扱いが面倒だったしダイオキシンとか出たら嫌だし(よく知らんけど)、歯の痛みをごまかすための散歩も兼ねて、近所のダムに葬ることにした。薬のシートをパキパキ割って細かくして、輪ゴムで大きめの小石にくくった。小石は全部で4個になった。それを1個ずつ湖面に向かってブン投げた。好きな漫画の好きなキャラクターが、すごく口が悪くて、バトルとか物を投げるときとかに「死ね」と言って投げるから(かけ声?)、私も真似して死ねと念じながら投げた。死ね×4回。助走までつけてガチの全力で遠投したのに私には肩の筋力が足りていなかったらしく、湖面まで到達してチャプンと沈んだのを確認できたのは1個だけであとの3個は手前の崖の木の茂みの中に落ちた。それでも心がスッキリした。深緑色を眺めていたらすがすがしくも穏やかな気持ちになって、ちょっと涙ぐんだ。ダムなんか見ながら勝手にひとりでエモかった。あばよ薬物乱用、うちらこれから死ぬまで疎遠でいような。
そしてエモさが去り冷静になり、ダムはゴミ箱ではないという当たり前すぎる事実を思った。今日は祖父の82歳の誕生日なのに、じいちゃんごめんね、孫はお見舞いにも行かず仕事もせず全身全霊でポイ捨てをしています。一族の汚点です。立派な不良になりました。私生きるからじいちゃんも長生きしてください。

 

こないだは遠距離恋愛中の恋人が富山まで会いにきてくれた。遠距離になってから、彼がこっちに来るのは初めてだった。嬉しかった。ずっと楽しみにしていた。それなのに残念ながら彼は雨男で、こっちに来る日だけピンポイントで雨天、ひいては荒天だったため、さすがに富山市の上空(と彼)にキレた。
生まれ育った土地の風景に東京で出会った人が写り込んでいるのはエラーみたいで終始かなり変な気分だった、不思議な体験。私はそれまではあんまり彼の写真を撮ることはしなかったけど、エラーみたいな風景がどうしても面白く見えて、ここぞとばかりに携帯でたくさん写メを撮った。
私は基本的に富山が好きだと思う。でも、何もない。東京にないものはいろいろあるけど、それでも東京に比べたら圧倒的に何もない。東京で8年暮らしてこっちに帰ってきてやっぱりなんとなくそう思った。つまらん土地やろ?と彼に尋ねると「東京と違って空気おいしい」と都会の人っぽいフォローをくれた。口下手な人だからアレだけど、やっぱりちょっと申し訳ない気持ちになった。
前述の通り私はこないだ入院してて、そのことについて入院から退院まで家族しか知らないような詳しいことをスタバで説明した。私にとって今回会う目的の中の1つだった。テーブルのマンゴーなんちゃらフラペチーノから視線をあげたら、彼はめったに見たことない怖い顔をしていて、ハッとした。私はこの人に馬鹿でかい心配をかけていたんだということをその時はじめて本当に知った。遠距離恋愛といえども、そんなこと顔を合わせて話さなくてもわかってるべきだった。感謝と申し訳なさが一瞬で超絶怒涛にブワーッとこみ上げてきてその場で乳幼児みたいにビャービャー泣きたくなった。でも、こんなところ(スタバ)で・男女が話してて・しかも女のほうが泣いてたら、はたから見たら絶対100パー別れ話なうの図やんけと思って、そこは理性とプライドでこらえた。冗談で、どや、そろそろ私のこと嫌になった?と尋ねると「嫌になってたら今日わざわざ富山まで来てない」と即答された。Q.E.D.証明終了!なんていうかこの人はマジのアホもしくはマジの聖人だったんだなと涙をこらえながら思った。どっちでもいい、でもマジのアホのほうならずっと正気に戻らないでほしいし、マジの聖人のほうなら私も聖人レベルをもうちょい上げるまで待っててほしい。もうどっちでもいいや。
それから魚などの美味しいものをたらふく食べたり、高校生がたむろするゲーセンで遊んだりして、彼は雨風の中バスに乗って東京に帰っていった。私はバスを見送ったあと駅ビルで少し時間をつぶしてから、1時間に1本の電車に乗っていつもの無人で無改札の最寄駅に帰った。帰宅して、彼がお土産にくれた東京バナナジェネリックみたいなやつの箱を出すと、私が許可する前に父が嬉しそうに包装を派手にビリビリ破いてアメリカンな感じに開封した。我が家に常備されているお菓子はたいてい柿ピーと蒟蒻畑しかなくて、だから東京バナナジェネリックは我が家にはすごい高級品っぽかった。家族にも好評で、美味しかった。
何気なくカメラロールの画像を見返したら、撮ったやつ全部が見事に曇り空でウケた。そして彼が東京に戻った途端に晴れてきた富山市上空(と彼)に再度キレた。体重は2キロ増えていた。

 

あ、無事さっきイブクイックを入手しました。でも長い文章書いてたら歯の痛みちょっとおさまってきた。すごい、ブログセラピーワンチャンあるくさい。できたらこのまま痛みフェードアウトしてください。