無限ワンアップ・改

さゆゆのメモ箱

歌う女と彼女を見守る人

たまたまだった。彼女を知ったのは。友達のバンドの共演者、対バンにぽつりと一人ギターを背負ってステージに現れたのが彼女だった。

その歌に魅了されるのに時間はかからなかった。彼女は希望を纏っている。彼女は闇を纏っている。彼女は光を纏っている。彼女は憂いを帯びている。歌を歌う彼女は美しかった。

「あなたの歌が好きです」

伝えると、「ありがとうございます」と屈託のない笑顔を見せた。自信の表れだろうか。

彼女の歌は、いつだって彼女自身のことを歌っていた。お別れをした相手の歌、うまくいかないバイトの歌、他者を軽蔑して安心している歌、彼女がやめられない悪癖の歌、世界をめちゃくちゃにする想像の歌、大好きな文豪へ綴った歌、疎遠になった人に贈る歌。

私は人の話を聞くのが好きだ。それでも、ここまであけっぴろげにしてくれる話し手はなかなかいない。だから信頼ができると思った。この歌私のこと歌ってる、そう思わされる歌だってあった。彼女は、これでもかと自分の話を歌の形にして私たちにぶつけてくるが、なぜか安心できた。私だけじゃないんだと思わせてくれた。歌の中の「私」は、歌の中で壁に直面しても問題解決にそう簡単に向かうことはない。解決しないまま受け入れて歌は終わる。その先は、リスナーである私が考えなければならない。問題に直面するということ。彼女がどう壁を破ったかということ。私だったらどうするかということ。歌の中に答えはないから、考えなければならない。…そんなところも好きなのだ。

 

たまたま見つけた宝物のような歌うたいは、少しずつ活動をひそめるようになった。制作に集中すると言って、ライブはやらなくなってしまった。たまに更新されるSNSではたわいもない話。元気にしているのだろうか? 音楽は作っているのだろうか?

それとももう音楽に飽きてしまったのだろうか。

今日も私は彼女が古くに公開したSoudcloudの音源を何周も聞いている。彼女にとっては駄作だったのかもしれない。CDには収録されていない、だけど私にとっては一番大好きな歌だ。きっとこの曲の再生数のほとんどは私によるものだ。いつか彼女の気まぐれでこの曲が世界から消えてしまわないか不安だ。

でもそれでもいい。宝物のようなあなたが生きていてくれるだけでいい。あの時私はあなたの感性に確かに魅了されたのだ。生きていてくれるだけでいい。そうして、いつか、また何か歌を歌いたくなったら、私は必ず聴くから。私は、あなたの、ファンだから。