無限ワンアップ・改

さゆゆのメモ箱

アル中の妊娠についてみんながくれた言葉

できる範囲で、入院中のことで印象的だったことをボチボチブログに残そうと思う。

(今日の文章はプライバシー保護のため少しフィクションです)

 

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入院病棟は、閉鎖とはいえ8階だったため、晴れた日の眺めは最高だった。富士山だって見えた。夏の終わりには遠くの遊園地の花火をみんなで見た。

 

私たちの病棟は通称「プログラム」がある。

治療プログラム。午後の時間だ。内容はいろいろで、二人一組になってコミュニケーションの練習をしたり、フリーお題でひとことずつマイクを回して話したり、ハンドマッサージ体験をしたり、塗り絵スクラッチアート書道読書など趣味活動の日があったり。アルコール依存症の勉強をしたり、他の病棟や回復施設とZOOMをつないでメッセージのやり取りをしたり。たまにはレクリエーションでかき氷大会やスイカ割り大会なんかもあった。

そのなかで私が楽しみにしていたのが「女性ミーティング」だった。この病棟の男女比は9:1くらいで、女性メンバーはみんな顔と名前を覚えてしまって当然だった。狭い部屋に、椅子を丸く並べて向かい合って座る。アイスブレークとしてお題でひとこと話した後は、フリートークタイム。「ここでしか、女性でしか話せないような悩みとかあれば、話してみるのも良いかと思います」

アイスブレークが終わると、大抵沈黙になる。誰かが何か話し始めるのをみんな待ってる。

 

私は、ずっとみんなに聞きたいことがあった。でも、聞くにはとても勇気の要る質問だった。その日、なんとなく行けるような気がして、勇気を出して沈黙を破った。手を上げる。

「えっと、片山です。…私は今、子どもがいないんですけど、」少し声が震えたが、落ち着いて発語できている。自分にとって本当のことを話すときは、いつも声が震える。「みなさんの、妊娠と出産の話を聞きたいです。自分は近い将来、…5年後とか、までに。子ども、産みたいかもしれないと思ってて」みんな頷いてくれている。ミーティングの雰囲気はいつも優しい。「妊娠中とか、授乳してる頃って、みなさんどうやってお酒我慢してたのか。自分はお酒だけじゃなく薬も、我慢できるのか、不安で。……よかったらみなさんどうだったか聞きたいです」

男性患者がいる場ではとても口にできない悩みだった。でも、この場には母親として生きてきたアル中が何人もいる。

はい、とすぐ手をあげてくれたのは隣室のKさんだった。年季の入った筋金入りのアル中だ。「私は飲んでました。ビールを1日コップ1杯くらい。うちは息子二人産んだけど、今はもう両方一人暮らししてます。どちらも幸い使い物にはなる頭で。奇形児でもないし」

奇形児。自分にとってタブーのように避けていた言葉が不意に投げ込まれて心臓が跳ねた。この場に、そういった事情のある育児経験を経たメンバーがいるのではないかと一同を見回してしまったが、取り乱す様子を見せるメンバーはいなかった。

「私も飲んでた」同じく隣室のOさんが手をあげながら言う。「でも、私もビール飲みながらおっぱいあげてたら、あるとき子どもの目が真っ赤になっちゃって。びっくりして、それからはやめました」一部からエェーと声が上がる。「でも、それっきり何もなくてよかったけどね」とOさんは笑う。

「アタシは今まさに妊活しててー」Tちゃんがあっけらかんに言う。「婦人科もしょっちゅう行ってる。なんかさ〜ああいうとこ行くと、酒もタバコも『ママやめて!』とかって妊婦の心に訴えかけてくるポスターめっちゃ貼ってあるけどさ、ああいうの。でもぶっちゃけ我慢することがストレス溜まって溜まって病んじゃうくらいなら、ちょっとくらい飲んでもいいんじゃね?と、アタシは思いまーす」

「うんうん、妊娠中はストレスがいちばん良くない」Hちゃんも同調する。彼女は2児のママだ。とある臓器の移植を受けていて、飲酒を控えるよう言われていたらしいがどうしてもやめられなかったらしくこの病棟に来たという。「でも、私の場合だけど、妊娠したら責任感が生まれて。お酒とタバコはやめられたよ。タバコはもうそれっきり吸ってない。私の場合だけどね」

黙って聞いているメンバーも、発言こそしないが優しく頷いてくれている。

「でもぉ」Aちゃんが明るい毛先をくるくるいじりながら話の流れを変えた。「我慢できるなら絶対、ゼーったいそのほうがいい。もし仮に飲んだとしてー、それが理由でも理由じゃなくてもだけど、障害児とか奇形とか生まれたら、さゆりちゃん絶対ずっと自分のこと責め続けるじゃん。そんなの絶対しんどいと思うし、後悔するくらいなら我慢した方がいいよ」私の目をまっすぐに見つめるAちゃん。高校生の頃から飲み始め、夜の仕事に二度の離婚を経たシングルマザー。たくましい。私より年上なのに私より若々しい。

「でもね」Mちゃんが言う。「不安になる気持ちはすごくわかる。けど、不安に思って何もしないよりは、チャレンジしてほしいと思うなあ」Mちゃんの言葉がずっしりと届く。「うち、作ろうと思ってもできなかったから」Mちゃんは2年前、旦那さんを突然の病気で亡くした。それからMちゃんは連続飲酒状態になり、この病棟にきたという。

「チャレンジチャレンジ!」「それは間違いなくそうね」「うんうん」「まだまだ若いんだからこれからだよ」

 

この間、ずっと涙をこらえていた。泣いてるのがバレてないか必死で平静を保っていた。嬉しかった、根拠はないけど大丈夫なんだと思った。

みんな同じ境遇だけど、ちょっとずつ違う。その中で、ほんの少し先を歩く人たちがくれる言葉の、なんと優しく温かいことか。きっと大丈夫だよ。まだこれからだよ。絶対よくなるよ。

私もいつか、みんなみたいに、たとえ傷だらけでも、お母さんになれるだろうか?

 

このあと話題は、病院の喫煙時間が短すぎるという苦情に移り変わっていった。笑ったり、病院の文句を言ったり、病棟の誰かのおもしろ話をしていたら、いつの間にか涙も引っ込んだ。

それでも、この日の「女性ミーティング」で話された全ての言葉を、私はずっと忘れないと思う。入院してよかったと思えた日だった。