無限ワンアップ・改

さゆゆのメモ箱

図書館は朝を待つ

一昨年の春から、図書館でアルバイトをしている。自分の所属する大学の学内にある図書館だ。

 

それは東京都心から少し離れた場所にある平和な教育大学だ。学生は、よく言えば真面目(悪く言えばダサい)。図書館の利用者は大半がうちの学生、教員、職員。あと、制限はあるけど一般市民も少し利用することができる。蔵書は教育関係のものが多い。教科書、指導書も豊富にある。当然それらの貸出が多い。

この大学は、基本的に教育を志す者、とりわけ教員志望が集まる。学類を大きくわけると、初等教育専門のA類、中等教育専門のB類、特別支援(盲学校や聾学校など)専門のC類、養護教諭(保健室の先生)専門のD類、あとはそれ以外(ちなみに私は1ミリも教育を志していないままここに来たのでこの「それ以外」に該当する)。勤務していて思うけど、資料の貸出は比較的にABCD類の学生が多い。「それ以外」が不真面目というわけではないけど、彼ら学生の真面目さにはいつも感心する。「なかなか見つからないこの論文をどうしても見たい」と食い下がる学生もたくさんいる。テストやレポートの多い学期末は特に忙しい。

 私たちの仕事は、主にカウンターでの貸出と返却の処理だ。他に、返却された資料の配架、地下書庫の資料の出納、見つからない資料の捜索などもある。1年目は、職員さんのいない土日にレファレンス(調査支援。調べ物の調べ方を導いたり使える資料を案内したりする)も少しやった。1度に入るバイトは3人。主に3人で、夜間の図書館を守る。時には職員さんたちは先に帰ってしまうので、鍵を閉めて守衛さんのところへ鍵を返す。

返却資料の配架は1人ずつ、1時間交代で行く。順番に、元あった場所に本を戻す。絵本、児童図書。展示コーナーの資料。文庫、新書、全集・叢書。普通の書架に並べられない、画集などの大型図書。0類、総記。1類、哲学、心理学。心理学の本がやたらに多いので少し面倒。2類、歴史。3類、社会科学。教育は370で、特に375は指導に関するものだからこのあたりの配架がいちばん大変。多分「ごんぎつね」の授業に関する本だけでも10冊くらいある。4類、自然科学。数学も化学も物理学もここ。理系の分野の利用者は男子学生が多いせいか、4類の棚はグチャグチャになっていることが結構あるからあんまり配架したくない。5類技術・工学、6類産業。このあたりのうちの蔵書はめちゃくちゃ少ない。7類、芸術スポーツ。舞踊に始まり美術、音楽、演劇、映画、スポーツ。8類、言語。TOEICのテキストなんかもここ。9類、文学。これは楽しい。本棚の隅まで、本当にたくさんのタイトルが並んでいる。この本ずいぶん古いけど最後に読まれたのいつなんだろう、とか、普通に生きてたらこんな本絶対に手に取ることはないんだろうな、そんなふうに思いながら書架整理をする。

地下には書庫がある。電動で開閉する棚が無機質に並んでいる。開架よりもっとたくさんの本たちが、ギュッと棚に詰まって静かに待っている。もちろん古い本もたくさんある。大正、昭和に使われていた教科書。私たちなんかには絶対さわれない貴重書。いったい、いつ誰が何のために書いた本なのか。だけどすべての本には生みの親がいて、きっといつかそれを手に取る人のために、その本を必要とする人のために、たくさんの背表紙が、ここで誰かの人さし指をいつまでもいつまでも待っている。すべての本には生みの親と歴史がある。地下書庫には、そういう無数の本が待っている。今日も明日も。

 

昔から図書館が大好きだった。地元の町は通っていた小学校のすぐそばに図書館があった。図書館の2階には児童館があった。図書館では、たくさんの本を借りて読んだ。絵本にも児童書にも飽きたら、性描写もろくに理解していない幼さで大人の小説を読んでいた。読みたいのに図書館にない本はリクエストして購入してもらったり、県立の大きな図書館から取り寄せてもらったり。司書という職業名すら知らない頃からずっと、カウンターの向こう側にいる大人に憧れていたので、図書館でのアルバイトは小さな夢のひとつを叶えることだった。

 

この図書館で働いて自分が意外だったのは、生まれ変わったら学校の先生になろうと思ったことだった。留年と休学を経ていた私には、働き始めた頃から同い年の同僚はいなかった。そのことに、チクリと胸が痛んだ。利用者の学生の「この本探してるんですけど」「この論文が読みたいんですけど」のひとつひとつに接するたびにも、どこか胸が痛くなった。X軸とY軸の座標の上で一生懸命に戦っている人たちを、私だけ遠く別次元のZ軸から見ているような気分だった。それで、生まれ変わったらまたここの大学に来て、ちゃんと教育実習にも行って、つらい思いもして、苦しんで、そのうえで、国語の先生になってみたいと思う。司書の資格もとって、司書教諭になろう。漠然とそう思う。具体的な理由はよくわからない。でもそのくらい、利用者の学生たち、教育を志す若者たちは、みんな眩しかった。そして、図書館で働けたのはとても尊い体験だった。たった2年働いただけだけど、地域の図書館ではなく大学の図書館で働くというのがどういうことなのか、入口くらいはわかった気がする。

 

一昨年の春から、図書館でアルバイトをしている。明日の勤務で、任期は終わる。