無限ワンアップ・改

さゆゆのメモ箱

0723 過去エッセイ「暗転について」

私は2009年~2012年の4年間、演劇が中心の日々を送っていました。

照明がすべて消えて劇場内が真っ暗になる状態を暗転といいます。暗闇は、猫の目でもない限り真っ黒で何も見えないし、たとえば誰かにいきなり刃物で刺される可能性だってあるから、基本的には怖いものといえます。でも、強く光る舞台照明が消えてなくなったとき、とても心地よいのです。不思議と、心がふわっと安らぎます。このままいつまでも明るくなるな、とさえ思ってしまいます。暗いところは怖いけど、眠くもなるからでしょう。私も、疲労がピークのときには仲間と「やばい、この暗転7秒のうちに寝そう」などと話したものです。

暗転中には役者が立ち位置を動き、舞台袖から出たり入ったりします。暗い中で舞台装置にぶつかったり舞台から落ちたりしないために、あらかじめあちこちに小さく切った蓄光テープを貼ります。役者たちは暗転中、ポツポツと光るそれらを目印にしながら足音を殺して動きます。あまりにたくさんの蓄光テープを貼ると役者の動線がバレバレでみっともないけど、暗転するとそれらが浮かびあがり、星空を見おろしているようでとてもきれいなのです。でも人間は暗闇にだんだん目が慣れていくので、視界もそのうち完全な暗闇ではなくなります。

昔ぼんやりと考えたことがありました。「このあと明転したとき、知らない人に囲まれてたらどうしよう。ひとりぼっちになってたらどうしよう。暗転中に私だけタイムスリップしたみたいに。声も音も聞こえてはいるけど、みんな本当にちゃんとそこにいるんだろうか。」すると信じられるのは自分自身の身体だけになります。暗転中、そこにあるのは、自分と暗闇だけなのです。暗闇に目が慣れるまでの数秒間、劇場に広がる宇宙が、私は本当に好きでした。

 

2015/12/9